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Rethink Internet:インターネット再考

“DeNA問題”で露呈したインターネットの「制度疲労」 - (page 2)

高橋幸治

2017-01-02 07:00

島崎藤村「夜明け前」にみるオーディエンスの情報編集

 筆者を含めてメディアの制作側にいる人間はとかくユーザーや読者をはじめとするオーディエンスを情報の「受信者」として十把一絡げに考える傾向がある。もちろん利用者の多いメディアを構築する上で顧客一人ひとりの事情をすべて斟酌するなどということはどだい不可能なわけだから、オーディエンスを顔の見えない人の塊として考えることは致し方ないことだろう。

 だが、情報を編集しているのは何もメディアサイドだけではなく、情報の受容者も自らの文脈に合わせて情報を編集している。読者は情報の発信者が考えているほど受動的でも消極的でもなく、情報の最終的な編集権は常にユーザーや読者の側が握っている。DeNAにまつわるもろもろの言説を見ていると、どうもこのオーディエンスの自律性や主体性に関する要素がまったく抜け落ちているように思う。

 作家・島崎藤村の晩年の作品に黒船来航から明治新政府樹立直後までの激動の時代を描いた大作「夜明け前」という小説がある。同作品は「インターネット」「メディア」「情報」「編集」「テクノロジ」といった問題を考えるとき、私たちに非常に大きな示唆を与えてくれる。

 主人公である青山半蔵は、先祖代々、信州は木曽の馬籠宿の庄屋/問屋/本陣を継承する名門旧家の長男である。小説は半蔵がまだ十代後半の青年時代から始まり、父・吉左衛門の隠居と家督相続、同じ木曽街道の宿場・妻籠宿本陣の娘・お粂との結婚、二人のあいだに生まれた五人の子供たちの成長などを描きながら、半蔵が失意のうちに壮絶な最期を迎えるまでの三十有余年を描いたものだ。

 そこに、ペリー提督率いる黒船の来航、安政の大獄、桜田門外の変、皇女和宮降嫁、将軍家茂の死、慶喜の将軍就任、大政奉還、王政復古といった、江戸幕府崩壊から明治新政府樹立に至るまでの諸事件が巧妙に折り重ねられていく。


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画面部落差別問題をテーマとした「破戒」や自身の近親相姦事件を扱った「新生」などで有名な作家・島崎藤村が晩年に執筆した長編歴史小説「夜明け前」。文庫版でも第一部上下、第二部上下の計四冊に渡る大作

 宿場とは遠方へと旅する人間たち、遠方へと運ばれる物品が行き交う、いわば情報の中継地点だ。そこでは旅の疲れを癒すためにさまざまな階級の人々が休憩もしくは宿泊し、同時に、荷物を運搬する馬の継立てなどが行われる。宿場とはあらゆる情報が通過し、交錯し、蓄積され、さらに他の誰かによって他のどこかへと伝達される極めてメディア性に富んだ場なのだ。

 半蔵はそうした交通の要所に身を置きながら、あたかも現代の私たちが複数のニュースサイトを毎朝巡回するように、途方もない量のデータを読み解き、自分なりに情報を編集していく。この極めてインターネット的ともいえる街道、そして宿場というメディアスポットに関する記述は、小説の冒頭から「うわさ」という表現を用いてはっきりと示される。

 東海道浦賀の方に黒船の着いたといううわさを耳にした時、最初吉左衛門や金兵衛はそれほどにも思わなかった。江戸は大変だということであっても、そんな騒ぎは今にやむだろうぐらいに二人とも考えていた。江戸から八十三里の余も隔たった木曾の山の中に住んで、鎖国以来の長い眠りを眠りつづけて来たものは、アメリカのような異国の存在すら初めて知るくらいの時だ。

 この街道に伝わるうわさの多くは、諺にもあるようにころがるたびに大きな塊になる雪達磨に似ている。六月十日の晩に、彦根の早飛脚が残して置いて行ったうわさもそれで、十四日には黒船八十六艘もの信じがたいような大きな話になって伝わって来た。

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