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“DeNA問題”で露呈したインターネットの「制度疲労」 - (page 3)

高橋幸治

2017-01-02 07:00

「メディア」がまとう魔力的な“いかがわしさ”の根源とは

 嘉永六年六月三日に浦賀沖に姿を現した黒船は、実際には「サスケハナ」「サラトガ」「プリマス」「ミシシッピ」の四隻である。その事実が人から人へと伝達される過程で雪だるま式に肥大化し、ついには八十六隻というほとんどデマと呼べるような話へと変化してしまう。

 「情報」とは受信者から発せられた途端、まるで意思を持つ生命のように変異し増殖し始める。その原動力となり起爆剤となるのは、ほかならぬ情報の受信者が発動する想像力と創造力である。情報の発信者=メディアというのは外見上、ユーザーや読者のようなオーディエンスを十把一絡げに静的な存在として措定しているように見えるけれども、実は無意識に彼らの自律性や主体性をかなりの程度アテにしているのだ。

 「メディア」がまとう魔力的な“いかがわしさ”の根源はまさにそこにあり、「情報」が本来的に持っている良い意味での豊饒さ、悪い意味での曖昧さは往々にして受信者の「編集」に立脚している。

 フランスの文豪ギュスターヴ・フローベールの代表作「ボヴァリー夫人」の中には以下のような場面がある。主人公であるエマ・ボヴァリーの夫シャルルはしがない田舎の医師だが、うだつの上がらない彼の名声を高める手伝いをしようとする近所の薬剤師オメーは、当時大衆に普及しつつあった新聞という「メディア」を通じてシャルルの腕が確かであるという「情報」(ちなみにこれは虚偽や捏造の意思に裏打ちされたものではない)を、作為的に生産し拡散するようエマをそそのかす。

 最近、薬剤師は彎足治療の新しい方法を称賛した記事を読んだ。元来が進歩主義者であったから、《時制におくれぬ》ために、ヨンヴィルでも彎足手術をぜひやってみねば、と愛郷的な考えをいただくにいたった。彼はエマにいうのだった。

「だって、損になることじゃありません。まァ考えてごらんなさい(この試みからえられる利益を指折って数えながら)。十中八九確実な成功。当人は治療され、りっぱな形になる。手術者はたちまち名声を博する。ここでお宅のご主人も、『金獅子』のあのかわいそうなイボリットを一つ助けてやろう、とこうお思いになるところじゃないかな? あとできっと治療の結果を当地へくる旅の人々に話されますよ。それにね(とオメーは声をひそめて、あたりを見まわしつつ)、わたしがこのことを新聞にちょっと記事を書いて送っちゃわるいですか? それァもう、新聞記事は世間にひろまるし……みんなが評判するようになって……ついには雪ダルマ式に大きなことになりますぞ。そして、やがては……やがては……」


19世紀フランスの代表的作家であるギュスターヴ・フローベールの代表作「ボヴァリー夫人」。平凡な夫シャルルに飽き足らない妻エマの奔放な生活を描き、風俗紊乱の罪で裁判となったことはまりにも有名
フローベール「ボヴァリー夫人」Amazon画面

 ここにも新聞の読者がいかに「情報」を「編集」してくれるかへの期待が含意されている。読者をコントロール可能な愚昧な連中として扱っているように見えながら、内心、「情報」を誇張しながら拡散してくれる極めて主体的な触媒として想定しているのである。

 この受信者の積極性と能動性はインターネットというメディア空間の中ではとてつもなく大きな力として機能するわけで、それゆえにキュレーションメディアという情報媒体も成立可能になり、同時にDeNAは見事にユーザーによって足元をすくわれた。

 「インターネット」という「テクノロジ」は「情報」の新しい発信方法や「メディア」の新しい存立形態を創出した反面、「編集」するオーディエンスの存在様態をも活性化し先鋭化させたのだ。

<後編に続く>
高橋幸治
編集者。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年まで「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに編集長/クリエイティブディレクター/メディアプロデューサーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。「エディターシップの可能性」を探求するミーティングメディア「Editors' Lounge」主宰。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部にて非常勤講師もつとめる。

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