実際の歴史では、日本は明治維新により近代化を成し遂げ、独立を維持することができた。FinTech時代の金融機関に求められるのは、明治維新の際に行われた文明開化に匹敵する変化である。
それは、単に新しい技術を導入するというだけの話ではなく、その背後にある思想や制度も受容することを意味する。FinTechを単なる技術導入の話と考えていては、本質を見誤ってしまう。「Software is eating the world(ソフトウェアが世界を飲み込む)」という言葉が示すように、人間の能力をより引き出し、優れた技術を生み出すことができるシリコンバレーを中心とした新しい文明が、技術力に劣る古い文明を征服しつつあると捉えるべきである。
国内の金融機関の状況は、維新前の幕末に例えられよう。幕府(金融庁)の方が実は先進的であり、近代化(FinTech)を積極的に推し進めようとしている。諸藩(金融機関)の中では、薩摩や長州のように実際に列強と戦ったところ(海外進出している金融機関)の方が、近代化(FinTech)の必要性を実感している。
金融機関を退職してFinTechベンチャーを立ち上げた者は、脱藩して海援隊を作った坂本龍馬なのかもしれない。そこに出資する金融系ベンチャーキャピタルは、龍馬を支援した松平春嶽などであろうか。幕末は戦国時代と並び日本人が最も好きな時代のひとつであるため、幕末を舞台にした小説やドラマに親しんだ人は多いと思う。
金融機関の人間は、現在の自分の行動が、幕末であれば誰に相当するのか、自分がありたい姿はどのようなものなのかを想像してみると面白いかもしれない。

戊辰戦争中の薩摩藩の藩士
明治維新により、藩の利害を第一に考えていた薩摩人や長州人は、日本人としての意識を持つようになった。これは、自社の利益を第一に考えていた金融機関が、顧客の利益を重視することに相当する変化なのかもしれない。
また、髷(まげ)を結い帯刀していた武士は、スーツを着てネクタイを締める金融マンに例えられるかもしれない。廃刀令後も帯刀に拘った士族がいたように、カジュアルな服装での勤務など絶対に認めない金融マンがいても不思議ではない。
ただし、ひとつ言えるのは、その後の歴史において日本は再び幕藩体制に戻らなかったし、武士という身分も復活しなかったということである。一度定まってしまった歴史の流れは、多少の反動はあっても逆回転することはない。そうであれば、反動勢力となるよりも、FinTechの流れを加速させる立場に立つ方が有意義ではないだろうか。
FinTechを加速するためには、明治政府が西洋文明から多くを学んだように、金融機関もネット企業から技術だけではなく思想や制度も吸収する必要がある。
- 小川久範
- 日本アイ・ビー・エムを経て2006年に野村證券入社、野村リサーチ・アンド・アドバイザリーへ出向。ICTベンチャーの調査と支援に従事する。560本以上の企業レポートを執筆し、数十社のIPOに関与した。2016年みずほ証券入社。FinTechについては、米国でJOBS法が成立した2012年に着目し、国内スタートアップへのインタビューを中心に、4年間に亘り調査を行ってきた。2014年10月には、国内初のFinTechに関するレポートを執筆した。FinTechエコシステムの構築を目指す「一般社団法人金融革新同友会FINOVATORS」副代表理事。
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