FinTechの実際

FinTechがテクノロジ企業に--「本屋」から学ぶ顧客第一主義としたたかさ

小川久範 2017年08月30日 07時00分

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 インターネットやスマートフォンの普及により、多くの産業がその影響とは無縁ではいられなくなった。情報通信革命がついに金融業にまで及んだのがFinTechだとすれば、金融業よりも先にその洗礼を受けた業界で起きたことは、FinTechの今後を考える上で参考になる。FinTechが学ぶべき企業や経営者は数多く存在するが、その中でもとりわけAmazonとJeff Bezos氏に注目するべきだと筆者は考えている。

FinTechがAmazonに学ぶべき理由

 高成長のハイテク企業を表す言葉として「GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)」や「FANG(Facebook、Amazon、Netflix、Google)」などがあり、これらが偉大な企業であることに異論を挟む者は少ないと思う。各社とも独自性の高い製品やサービスを提供し、既存の産業に対しても多くの影響を及ぼしてきた。中でも金融機関やFinTechベンチャーが学ぶべき対象としては、Amazonこそが相応しいと筆者は考える。

 FinTechがAmazonを参考にするべき理由は3つある。第一に、元々は「本屋」であった同社が、テクノロジ企業への進化を遂げた点である。インターネットが登場したばかりのころであれば、ネット経由でモノを販売するEコマースは先端のテクノロジと思われていたのかもしれない。しかし、現在ではインターネットは小売業におけるチャネルの1つに過ぎず、Eコマースを行う企業は珍しくない。個人経営の小売店さえも、STORES.jpやBASEなどを使い、簡単にオンラインショップを開設できる。

 Amazonが単にインターネットでモノを販売するだけの企業であれば、GoogleやAppleなどと並び称される存在にはなれなかっただろう。実際に、AWS(Amazon Web Services)が普及するまでは、同社をハイテク企業として認知する人は少なかったように思われる。

 AWSが誕生したのは、エンジニアが創造性を最大限に発揮して新しいサービスを開発するため、必要なインフラに自由にアクセスできるようにするという発想がきっかけであった。テクノロジ企業になったAmazonと、ITを駆使して業務を効率化しても、あくまでも小売業と認識されているWalmartとの違いは、エンジニアの創造性に対する姿勢にあるのだろう。

 FinTechは、現時点では最新のテクノロジと思われているかもしれない。しかし、10~20年後には、小売業におけるEコマースのように、金融機関のチャネルの1つとしてネットやアプリを活用しただけと認識されている可能性がある。また、金融機関がITにより業務を効率化しても、それはWalmartと同じ方向の進歩に過ぎない。

 筆者は、金融機関やFinTechベンチャーが目指すべきは、Amazonと同じテクノロジ企業と考える。なぜなら、テクノロジにより業界の垣根が変化しつつある現在、既存の事業の枠の中で物事を考え効率化するのではなく、テクノロジを軸に事業そのものを再定義する必要があると考えるからである。

 Amazonを参考にすべき第2の理由は、同社が既存の産業を破壊してきた点にある。同社が無限ともいえる品揃えで書籍を販売したことで、地域の書店は大幅に減少し、大型書店のBordersさえ倒産した。Amazonが書籍以外にも品揃えを増やすことで、同様の影響が他の業界にも波及しつつある。また低価格での商品販売は、Amazonほど価格競争力がない小売店を苦しめ、メーカーはブランドイメージを損なう。

 最近はIBMに代表されるITベンダーの業績が思わしくないが、それはAmazonがAWSという低価格で従量制のシステムインフラを提供し、その上で多くのSaaS(Software as a Service)が生み出されたことと無縁ではなかろう。

 FinTechが普及すれば、金融業や関連する業界に様々な影響を及ぼすと推測される。競争力がない金融機関は淘汰されるだろうし、FinTechの業態が変化・拡大すれば、現時点は思いもよらない業界が変革を迫られることになるかもしれない。その結果、多くの企業が倒産し、職を失い苦しむ人が続出する可能性は否定できない。

 自らの事業がそのような結果を招くのであれば、FinTech企業の経営者の中には悩む者も出てこよう。そこで参考になるのが、多くの業界から恐れられるAmazonの経営者Jeff Bezosである。彼がどのような行動原理で事業を展開してきたのかを知れば、FinTech企業の経営者が進むべき方向が見えてくると考える。

 最後の理由として、Amazonは既存事業の破壊に自ら取り組んでいる点を挙げたい。同社の祖業は書籍販売であるが、それを破壊する可能性が高い電子書籍事業をもっとも強力に推し進めているのは同社自身である。Kindleという電子書籍端末を開発し、これまでに多くの書籍を電子化してきた。電子書籍を低価格で販売したことで出版社とトラブルになれば、作家が出版社を中抜きしてKindleで直接出版できる仕組みを構築した。

 書籍販売事業を破壊しかねない電子書籍を推進する背景には、「他人に食われるくらいなら、自分で自分を食った方がずっとマシ」という考えがある。BezosはKindleの担当者に、「物理的な本を売る人間、全員から職を奪うくらいのつもりで取り組んでほしい(「ジェフ・ベゾス 果てなき野望(ブラッド・ストーン著)」より)」と言ったという。

 金融機関がFinTechに取り組むということは、当然ながら金融機関自身の既存事業を破壊する懸念がある。むしろ本気でFinTechに取り組むのであれば、既存事業を破壊する覚悟が必要なのかもしれない。FinTechを担当する部門は、既存の店舗が不要となり、そこで働く人員から職を奪うくらいの決意が求められる。

 なぜなら、テクノロジ企業やFinTechベンチャーが破壊的技術を活用したサービスを普及させれば、結局は金融機関の店舗とそこで働く人は不要になってしまうかもしれないからである。それが現実となるのであれば、金融機関は自分で自分の既存事業を食ってしまう方が、はるかにマシである。

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