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FinTechがテクノロジ企業に--「本屋」から学ぶ顧客第一主義としたたかさ - (page 3)

小川久範

2017-08-30 07:00

成長の弾み車を回し続けるしたたかさ

 顧客第一主義は重要である。ただし、単に利益を顧客に還元するだけでは、成長を持続させるのは難しい。値引きも新サービスの開発も、あくまでも成長のための投資として行わなければならない。それらの結果、回り回って最終的には自社の成長に繋がる仕組みを構築する必要がある。それは、『ビジョナリー・カンパニー2-飛躍の法則(ジム・コリンズ著)』で言うところの「弾み車」に該当し、自己を強化する好循環を実現する。Amazonのケースでは、1.商品の価格を下げる、2.顧客が増える、3.売り上げが増える・出店企業が増える、4.サーバや物流センターなどの固定費比率が下がる、という循環を通じて再び1.商品の価格を下げることが可能となる。

 この循環は、あるしきい値を超えるところまで回れば、自己増殖的に回転が加速していくと考えられる。ただし、通常はそのしきい値に達することが難しい。そのため、企業はさまざまな施策を実施する。それら施策の中には、短期的には非合理的な意思決定のように思われるものもある。Amazonでは、「1.商品の価格を下げる」に関連して、送料を無料にしたことが該当するだろう。今でこそEコマースの送料無料は当たり前のように思われているが、同社によるこの戦略は、実施当時は非合理的に思われたため、競合は追随することができなかった。そしてAmazonの弾み車は、競合よりも速く回転し始めることになった。

 3.「出店企業が増える」とは、Amazonが自社サイトにサードパーティの出店を認め、出店数が増えればその売上の一部を受け取るAmazonの収益も増加することを示している。ユーザーが商品を検索すると、Amazonが販売する商品と並び、サードパーティが販売する同じ商品が表示される。そこには中古品が含まれていることもある。ユーザーはそれらの中から自分が望むものを購入できる。Amazonにとっては、自社の売り上げをサードパーティに奪われかねないため、この施策も非合理的に思え。しかし、これは自社が取り扱っていない商品でもユーザーが購入できるようにという顧客第一主義の賜である。

 ただし、Amazonは弾み車を加速させるために、サードパーティをしっかりと活用している。同社はサードパーティの販売データを握っているため、全ての商品の販売動向を知ることができる。そして、自社が取り扱っていない売れ筋商品が見つかると、やがてAmazonもそれを販売するようになるのである。サードパーティは、出店手数料を支払いながら、Amazonのためにマーケティング調査を行っているようなものである。たとえそうであっても、Amazonに出店すると売り上げが増えるため、まるで麻薬のように、サードパーティは出店を止めたくても止められない状態になるという。

 「4.サーバや物流センターなどの固定費比率が下がる」ために、Amazonは本来であればコストセンターであるこれらを、サービスとして外販することでプロフィットセンター化している。サーバがAWSとして提供されているのはあまりにも有名であるし、物流センターはサードパーティ向けにFBA(Fulfillment By Amazon)として提供されている。FBAでは、サードパーティがAmazonで販売した商品はもとより、Amazon以外のサイトで販売した商品の配送も請け負っている。このようにサービスを外販することで、ともすればコストセンターとして非効率に陥りがちな間接部門を、競争力を持つサービスとして維持することに成功している。

 Amazonのしたたかさは、新製品においても発揮されている。米国では「Amazon Echo」というスマートスピーカーがヒットしている。音声により時間を聞いたり、音楽を再生したり、Amazonで買い物したりすることができる人工知能を搭載したスピーカーである。ただし、それなりの完成度ではあるものの、まだまだ発展途上の技術であることは否定できないだろう。Amazon Echoの人工知能はAlexaと言い、Amazonはこれを外部に提供し、多くの企業がサードパーティとしてAlexaを活用したサービスを開発している。

 サードパーティにとっては、Alexaのような人口知能を自社で開発するのは容易ではないため、ある程度完成された人工知能を低コストで使えるのであれば利用しない手はない。一方Amazonは、多くの企業に利用してもらいデータが集まれば、それを学習してAlexaの進歩させることができる。その上収益まで上げられるのなら、サードパーティへのAlexaの提供は当然であろう。サードパーティに資金を出してもらい、Amazonの研究開発を行っているようなものである。

 さらに、人工知能の運用にはコンピュータの膨大な処理能力が必要である。Alexaは、AmazonのEコマースサイトやAWSと同じインフラを利用していると推察される。そうであれば、データセンターの運用には規模の経済が働くため、Alexaの利用が増えるに従いAmazonのデータセンターは拡大し、運用の効率化が進むと考えられる。AmazonはAlexaの外部提供により、データの収集、収益の獲得、サーバ運用の効率化をしたたかに達成していると言えよう。

 翻って国内のFinTechを見ると、金融機関もFinTechベンチャーも、Amazonのようなしたたかさで、弾み車を高速回転させる企業はまだ登場していないように思われる。弾み車が高速で回り始めるまでの道のりは容易ではない。各社とも必死に重い車を回転させようとしているところだろう。FinTechサービスの開発者は、新しいサービスを提供することで自己を強化する好循環が生まれるのか、生まれるのであればそれを早期に達成する手段はないのかを見極めなければならない。そして、好循環を早期に生み出す手段があるならば、Amazonが送料を無料にしたように、それが尋常ならざるものであっても、試してみる価値があると思われる。

小川久範
日本アイ・ビー・エムを経て2006年に野村證券入社、野村リサーチ・アンド・アドバイザリーへ出向。ICTベンチャーの調査と支援に従事する。560本以上の企業レポートを執筆し、数十社のIPOに関与した。2016年みずほ証券入社。FinTechについては、米国でJOBS法が成立した2012年に着目し、国内スタートアップへのインタビューを中心に、4年間に亘り調査を行ってきた。2014年10月には、国内初のFinTechに関するレポートを執筆した。FinTechエコシステムの構築を目指す「一般社団法人金融革新同友会FINOVATORS」副代表理事。

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