FinTechの実際

スーツを着たプロがFinTechベンチャーに誘われたら…

小川久範

2017-10-19 07:30

 金融機関からFinTechベンチャーに転職する人が、徐々にではあるが現れてきた。新しい金融サービスを開発するには金融の業務知識や、金融システムに関するノウハウが必要である。FinTechベンチャーは、それらを持つプロフェッショナルを求めている。

 金融機関とFinTechベンチャーの協業が進めば、FinTechベンチャーで働いてみたいと思う人や、実際にFinTechベンチャーから声が掛かる人が増えるだろう。そこで本稿では、金融機関やシステムインテグレーターに勤めるプロフェッショナルが、FinTechベンチャーへの転職を検討する際に留意すべきことについて論考したい。

FinTechベンチャーはスーツを着たプロフェッショナルを求めている

 ベンチャー企業といえば、ネットサービスやスマートフォンアプリを提供する会社がまず思い浮かぶ。そこで働く人は、ネットサービスを開発するためのスクリプト言語や、SwiftやJavaなどのスマートフォンアプリ開発用の言語を扱うエンジニアが中心である。

 機能もさることながら、使い勝手、操作性、デザインなどを重視したサービスの開発に長けた人材が求められる。そうしたエンジニアはFinTechでも必要だが、元々ベンチャー企業で働いていることもあり、FinTechベンチャーが比較的採用しやすいといえる。

 一方、金融サービスの開発においては、金融の業務やシステムに関する知見が必要である。新しい証券サービスの開発を目指すFinTechベンチャーであれば、証券業務の知識や東京証券取引所とのシステム接続に関するノウハウがなければ話にならないだろう。ネットサービスであれば、最低限の機能を提供し、ユーザーからフィードバックを得ながらサービスを改善する。

 サービス開始当初は、コンプライアンス対応や情報セキュリティが甘いものも多い。しかし、金融サービスにおいてそのような開発手法を取ることは難しく、ユーザーからも支持される可能性は低い。FinTechでは、業務知識やシステムのノウハウに精通し、最初から完成度が高いサービスを提供する必要がある。

 FinTechベンチャーは、金融の業務知識や金融システムのノウハウを持つプロフェッショナルを求めている。対象となる人は、金融機関やシステムインテグレーターでスーツを着て働いている。FinTechベンチャーとそうした企業との交流が増えた結果、FinTechベンチャーに転職する人が徐々に増えてきた。

 ただし、その数はまだ十分とは言えない。国内のFinTechベンチャーは、金融サービスそのものを提供するところは少なく、周辺サービスを提供するところが多いと言われているのは、スーツを着たプロフェッショナルの転職が少ないことが理由かもしれない。

スーツがベンチャーへ飛び込まない理由とは

 スーツを着たプロフェッショナルによるFinTechベンチャーへの転職が少ないのは、なぜなのだろうか。最大の要因は、身も蓋もない言い方になってしまうが、現在の待遇が良いからと思われる。例えば、金融システムを開発するシステムインテグレーターを代表する1社である野村総合研究所の場合、2017年3月期の有価証券報告書によると、従業員の平均年齢は39.9歳、平均年間給与は1151万4000円であった。業界大手の同社ほどではなくても、FinTechベンチャーが求める、金融の業務とシステムに精通した人材であれば、相応の待遇を得ていると考えるのが自然である。

 一方、ベンチャー企業の給与水準は、少なくとも大型の資金調達を行うまでは、1千万円前後の給与を従業員に支払うのは難しいとされる。資金調達に成功したベンチャーであっても、全ての従業員が高給を得られる訳ではないだろう。もちろん、ベンチャー企業の給与水準を高くしてはいけないと決まっている訳ではない。

 必要な資金さえ調達できれば、従業員に高給を支払うことは可能である。ただし、ベンチャー企業が新規事業をすんなりと成功させる可能性はあまり高くはない。長期にわたりサービスを改善したり、事業内容を変更したりすることになるため、できるだけコストを削減し、事業に挑戦する期間や回数を増やしたいと考える起業家は少なくない。ベンチャー企業が従業員の給与水準を低く抑えるのには、それなりの理由がある。

 ベンチャー企業に転職する理由としては、ビジョンや事業内容に共感したというのが大きいだろう。また、大手企業よりも仕事の裁量が大きく、やりがいを感じられるというのも考えられる。ただし、既に厚遇を得ているプロフェッショナルが、それだけでベンチャー企業への転職を決断するとは限らない。

 起業家ほどリスクを取らなくても、恵まれた環境を捨て、先行き不透明なベンチャーに飛び込むのであれば、それに見合うリターンを求めるのは彼らとすれば当然である。ストックオプションを得るなどして、会社が成功した暁には、ある程度の資産を築けるなどの見返りが期待できなければ、家族を説得するのも難しい。

 ところが、国内のベンチャー企業は、米国と比べて従業員へのストックオプションの付与に消極的な印象を受ける。テクノロジー企業であるのに、最高技術責任者(CTO)ですらストックオプションを持っていないベンチャー企業があるという。

 また、従業員へのストックオプションの付与が少ないベンチャー企業の上場について「やりがい搾取」と評したブログが物議を醸したことがあった。もちろん、各社それぞれ事情があると思うので、ここでは個社のストックオプションのあり方について是非を述べるつもりはない。

 ただし、こうしたことがメディアなどで報じられると、ベンチャー企業への転職を考えていても、慎重になる人が出てきても不思議ではない。

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