世の中のITはものすごい勢いで変化し、一部の専門家が使う高価な道具から、誰もが使う日常の道具にまで普及した。この四半世紀で、グローバリゼーションと並んで、社会に最も大きなインパクトを与えた要素だろう。情報革命とか、デジタル革命と呼んで、農業革命や産業革命に匹敵する変化だと考える人も少なくない。
しかし、不思議なことに、企業の中でこのITを担うIT部門は、ずっと苦悩している。普通に考えて、こんなに大きく変化し、一方で社会に大きなインパクトを与え、さらに爆発的に普及している道具を使いこなそうとすると、苦悩する部門が担うには荷が重い。
しかも、その要素技術は世界をリードする産業を興し、Apple、Google、FacebookやAmazonのように、世界でもトップクラスの価値を持った企業を作ることのできる要素技術なのに、である。
そうした可能性を秘めた要素技術であるならば、応用方法(ご存じだろうがこの応用がApplicateであり、応用結果がApplicationである)を編み出し、実装を担うのは、それなりの人であるべきだ。それなりの人がやれば、大きな効能、効果をもたらすということは想像に難くない。
これが、製造業のR&D部門ならば、社会に大変化をもたらす可能性のある要素技術なら、自社の応用方法を編み出す役割を担うのは、おそらくは、その会社、その部門のエースではないだろうか?
大きな不思議だ。会社に大変革をもたらす可能性のある要素技術を担う部門が、ずっと、何十年も一貫して苦悩しているのである。25年前、筆者がメインフレームで会計システムを作っていたころのお客様の部長は、出世コースに乗ることが出来ず、会計システムを開発する部署に追いやられた人だったらしい。
一緒にやっていた課長は、早々に早期退職したそうだ(それはそれで、釣り三昧、ゴルフ三昧の幸せな人生を送っていらっしゃると聞くので、その人にとっての良し悪しは別の問題である)。最近でこそ、多くの企業でも情報システム部長は執行役員クラスの待遇であることが多いが、筆者とお付き合いのある非常に有能なIT部長でさえも、「俺よりも後に部長になったのに、若い他部門の執行役員は、さっさと常務に登っていく。俺はいつまでたっても執行役員どまり」と嘆いておられるのが現実だ。
一方、米国や欧州では、少し違う様相を呈しているようだ。単に、AGFAに代表されるIT企業のジャイアントだけではなく、「100年後も残る企業」の一つとして賞賛されるState Street銀行などは、自社を「テクノロジ企業が経営している銀行」(これは最近は、BBVAという成長著しいスペインの銀行などもそう自称しているみたいだ)と呼んでいる。
IT部門のトップは副社長だし、最高経営責任者(CEO)さえ最高情報責任者(CIO)的な役回りをすることさえあるらしい。IT部門が、成長の原動力を担っているし、経営の中枢にいるわけだ。少なくともそういう企業があるということだ。しかも、間違いなく有名企業である。
しかし、筆者は、外資系のコンサルティングファームなどが良く言うように、「経営はもっとITを理解して、ITに積極的に投資して、ITを使って経営を変えることに積極的になるべきだ」と、口が裂けても言えない。もっとも、かつては唱えていた。
ただし、今となっては、あまりに単純な、そして実態を理解していない言い方だと、後悔さえしている。
筆者はこの25年間、ほぼ一貫して日本の企業のIT部門をお手伝いしてきた。17業種のナンバー1/2のIT部門をコンサルティングしてきたので、それなりに経験があると自負している。素晴らしい方々に沢山巡り合ったし、ビジネスマンとして尊敬している方々も多い。
そういう筆者は、実態の経験から「今のこの状態だったら、ITに積極的に投資しても、ムダ金になるだろうなぁ」と思うことが少なくない。最近は、「新しいことをしろと経営から言われている。何をしたらいいか?」と相談を受けることも増えてきた。
コンサルタントにとってはチャンスなのだが、「いやぁ、何もしない方がいいんじゃないですか?」と答えることさえある。それほど、日本企業のIT部門の苦悩度合いは深刻だと思っているのだ。
- 宮本認(みやもと・みとむ)
- ビズオース マネージング ディレクター
- 大手外資系コンサルティングファーム、大手SIer、大手外資系リサーチファームを経て現職。17業種のNo.1/No.2企業に対するコンサルティング実績を持つ。金融業、流通業、サービス業を中心に、IT戦略の立案、デジタル戦略の立案、情報システム部門改革、デジタル事業の立ち上げ支援を行う。