重要なのは、顧客体験が備えているべき特徴が明らかになってきたことだろう。これには、オムニチャネルであること(「Facebook」か、スマートフォンアプリか、モノのインターネットデバイスかを問わず、多くの顧客が多くの時間を費やしているチャネルからアクセスできるようにすること)、チャンネル横断的な一貫性のある体験を提供すること、継続的で、発展性がある、高度に個人化された関係性を築くことができるカスタマージャーニーを提供すること、そして顧客の望みや夢をできる限り叶え、満足感を与えられることが含まれる。
しかし、そのような顧客体験を提供するには、これに密接に関連する2つの体験を実現する必要がある(デジタル変革の文脈では無視されていることが多いのだが)。それができなければ、その企業には顧客体験への期待に応えるだけの能力がないと言ってもいい。
取り組みが遅れる従業員体験とパートナー・取引先の体験
最近では、顧客体験以外に、従業員体験とパートナー・取引先の体験に関する議論が始まっている。これら2つの体験に力を入れることで、変化の激しい時代にも持続可能な形で、優れた顧客体験を提供することが可能になる。
これら2つの利害関係者との相互作用は、顧客体験とともに、現代企業の柱となる3つのバリューストリームを構成する。顧客体験は顧客に価値を提供し、顧客はそれに(何らかの形で)対価を支払う。従業員体験は、顧客の代理として企業のリソースを運用するものであるため、提供される顧客体験に直接間接に影響を及ぼす。また、パートナー・取引先の体験は、企業のエコシステム内でのパートナーや取引先の体験を効果的なものにできるかどうかを左右する。実際、パートナー・取引先の体験は、最終的に顧客体験につながるバリューチェーンの最上流に位置し、その基礎となっている。
現在では、顧客体験の概念は比較的よく認知されている。しかしデジタル化の恩恵を実現するには、首尾一貫した包括的なデジタル変革の一環として、これら3つの体験を比較的高い水準まで発展させる必要があり、これが企業で理解され始めたのは、ごく最近のことだ。統合されたこれら3つの体験は、現代企業を支える3本の柱だ。デジタル変革の大部分は、実際には分断された古い機能部門(マーケティング、営業、事業運営、顧客サービスなど)を、素早い変化、適応、進化のために設計された、これら3つのシームレスで連続的な体験を提供できるように作り直すプロセスだといえる。
よりよい体験のためのデジタル化
今後到来する「体験経済」では、これら3つの体験をどのように提供するかが、価値創造に大きな影響を及ぼす。従って最大の差別化要因は、それぞれの体験(顧客体験、従業員体験、パートナー・取引先の体験)が、どれだけ容易に利害関係者のニーズを満たせるか、どれだけ利害関係者に合わせて適応できるかになる。われわれが業界全体として学んだのは、そのためには、筆者が「エンゲージメントのパラドックス」と呼ぶものを克服する必要があるということだ。企業は満足させる必要がある無数の利害関係者を抱えており、それぞれの利害関係者が、自分の生活やビジネスを豊かにしてくれる、個別化された1対1の関係性を伴う体験を期待している。