「ひとり情シス」の本当のところ

第34回:最近、社長はひとり情シスと話していますか?

清水博

2021-05-27 07:00

今どきの社長

 5年ほど前までは「うちの社長はITが分からない」とよく言われていましたが、最近ではあまり聞かなくなってきました。帝国データバンクによると2020年の全国の社長の平均年齢は59.9歳ですので、1960年生まれとなります。大学時代にコンピューターやPCも出てきて、苦心してソフトウェアをインストールしたり、周辺機器を付けたりした経験がある方も少なくはないと思います。その後も携帯電話やスマートフォンの発展と同時代を過ごしてきました。

 そのため、現在の70歳前後の社長にはITに詳しい方も多いので、難しい質問をされてたじろぐことも少なくありません。最近の若手社員にはスマートフォンは得意だけれどもPCやキーボード操作は苦手な方が少なくはないことを考えると、今までにない、そして今後も出てきにくいITに詳しい社長といえるでしょう。

 経営トップがITやデジタルの有用性を理解しているということから、いよいよ欧米企業のような時代が来ると思われるかもしれません。まだまだ障壁があるように思えますが、少しのヒントで大きく前進する可能性があることが、ひとり情シス・ワーキンググループが2020年12月実施した「ひとり情シス実態調査」と「中堅企業IT投資動向調査」の結果から示唆されました。この記事がひとり情シスを抱える社長の目にとどまっていただくことを切に願います。

コロナ禍でもコミュニケーションはまだまだ

 調査の結果、「上司とのコミュニケーションの増減」の質問については「変わらない」という回答が64.8%でした。平常時なら問題ないと思いますが、コロナ禍における「変わらない」という回答は「少ない」ことを意味しているかもしれません。

 このことは、ひとり情シス側にも課題があります。一部のひとり情シスの方は、定期的に報告をすることを苦手としていることがあります。もちろん、割り込み処理が多くて追い立てられる忙しさも理由の一つです。しかし、ITのプロジェクトは手戻りが発生するものです。社長がその辺りの事情を理解していないと、情シスが明確に答えられないときに「そんなのはちょっとプログラムを書けばできるだろ!」と一喝してしまう恐れがあります。

 その結果、情シスは萎縮してしまい、さらに報告や相談をしづらくなってしまいます。このように、ひとり情シスだけの責任ではなく、今まで関心の薄かった経営層に起因するところも少なくはないと思われます。始めは短時間でもいいので、最初のコミュニケーション強化として社長に傾聴の姿勢をお願いしたいところです。ひとり情シスは社員社内の多くの現況を把握しているので、思わぬ情報が得られることもあります。

経営戦略に組み込まれていない

 調査結果によると、「中期経営計画を組み込んでいる」「社内にIT・デジタル化の具体的なメッセージを出している」企業は、ひとり情シス企業で11.4%と一部にとどまりました。大手企業でもデジタル化に成功した企業は10%未満であり、経営戦略にデジタルを組み込むことは決して簡単なことではありません。

 しかしながら、社内のIT化やデジタル化を少しずつ進めていくことはできます。今年1年は「管理部門のリモートワークを実験的に増やす」「過去のデータを活用して営業部門で活用する」などのように、少しずつ進めていけばよいです。それを全体ミーティングで社員に話すことで、デジタル化に進んでいるという社員の意識を高めることができます。「シンクビッグ、スタートスモール」でなく「シンクスモール、スタートスモール」で始めるとよいかもしれません。

IT系人材の人脈構築が必要

 銀行から招いた経理部長や取引先よりスカウトした営業部長を幹部クラスにアサインすることなどで、現在の会社の体制を構築してきた社長も多いと思います。「人は城なり」と言いますが、さまざまな人脈を駆使して人物を評価し、キーパーソン獲得に向けて相当尽力してきたことと推察されます。今や難易度が高まるITやデジタル担当もキーポジションになってきています。

 現在は、ひとり情シスの52%はITベンダーの出身です。社長が数年がかりで会食などを重ねてシニアひとり情シスを獲得したという話もお聞きします。最終的に獲得できなかったり、自社の求める人材ではなくて採用に至らなかったりしたとしても、ITの知識や裏話なども聞くことができて社内のデジタル化にとても参考になったということもあるそうです。IT系についても、他の主要部門と同様に社長の人脈構築のアンテナを向けることが重要です。

ITを研究する場

 以前は、QC(Quality Control:品質管理)活動のような小集団活動で顧客満足度やプロセス改善などの意見交換をしていた会社もあったと思います。時代が変わって働き方改革も進んでいますので進め方は慎重に行う必要がありますが、社員を参加させて意見交換することはITでも有効なアプローチです。全社の課題を認識して、IT化へ向けた強い組織風土を作ることに役立つからです。

 ある会社では、社長がレクリエーション目的で購入した人工知能(AI)ソフトをきっかけにして社員のITスキルが格段にアップし、その後のデジタル化が大きく進んだそうです。ITやデジタルは単純な購買では済まないほど高度化しているので、社内にITの知見を蓄積することが企業競争力の向上につながります。

ひとり情シスの仕事範囲の把握

 現在、従業員100~500人の中堅企業の33%にひとり情シスが存在します。担当者がいなかった、あるいは兼任で担当させていた状態から専任のひとり情シスをアサインするようになった企業や、ひとり情シスから二人体制になった企業が増加する傾向があります。

 まず社長には、社内のひとり情シスの業務範囲と仕事量を把握することをお願いしたいです。営業部門があまりに忙しすぎると不適合販売などが増えて思わぬダメージを食うこともあると思いますが、これは情シスでも同じです。

 仕事量が多い場合は、過度な依頼がひとり情シスに来ている可能性があります。エンドユーザー自身にマニュアルに沿ってやってもらうことや、いつも線引きが曖昧になる部門に仕事を移すこと、さらに外部にアウトソースすることで、人員を増やすよりも安価に情シスの仕事量をセーブできることもあります。そのような検証をすることで、情シスの増員の必要性も明確になります。

もう一度「ひとり情シス」を問い直す

 社長は、自社のひとり情シス担当者の気持ちをご存じでしょうか。モチベーションあふれるひとり情シスが41.7%いる反面、「仕事内容に満足していない」「現状の仕事内容に見合った給料を得ていない」「モチベーションが低い」の3項目全てに該当するひとり情シスが24.8%もいます。表面と内心は逆のことは往々にあるものです。

 コロナ禍になって、ITインフラを構築できるエンジニアが多くの企業から嘱望されています。幅広いスキルを持つ多くのひとり情シスが求められているのです。デジタル化戦略は各企業で強化されていくので、この流れはさらに加速する可能性があります。

 ひとり情シスに辞められた後でその方がカバーしていた仕事量に気が付いても、時既に遅しです。採用難の時代なので、リプレースの採用はとても難しいです。社内のひとり情シスの退職リスクを可視化して対策を至急打つことが何より重要ですが、人員補強や外部への委託、不測の事態のバックアップ・対応マニュアルの整備などは念のため確認しておいた方がよいでしょう。

 一方、情シスに限ったことではありませんが、転職ではスキルのアンマッチが生じやすいです。しかし即戦力を求める時代では、ピンポイントでのスキルの合致が必要です。転職に成功したひとり情シスがいる反面、転職に失敗した方も少なくありません。

 リテンション(人材の慰留)に失敗して転職されてしまったとしても、外資系での人事制度のアルムナイ制度(卒業生)のように、「戻って来いよ」と会社への復帰の道を打診しておきましょう。もし、空席が埋まっておらず、かつ復帰の申し入れがあれば積極的にアルムナイ制度を取り入れていただけると幸いです。このような事例は多いですし、離職した情シスが一回りも二回りも大きくなっていることもあります。

 社長は忙しいのが常で、ひとり情シスと話す時間などはなかなか取れないと思います。しかし、少しであったとしても会話することでデジタル化の今後のヒントが見えてくることもありますし、問題点が見つかることもあるかもしれません。

 目には見えませんが、特にコロナ禍では今まで以上に会社を守るサイバーセキュリティの防衛軍の勇士として情シスは奮闘していましたので、日頃の労いもかけていただくことをお願いします。また、結果的にひとり情シスが会社のビジネスに貢献していることは多いです。ひとり情シスがこれからさらに自社へ貢献する可能性をともにご検討いただけると幸いです。

清水博
清水博(しみず・ひろし)
ひとり情シス・ワーキンググループ 座長
早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わり、米ヒューレット・パッカード・アジア太平洋本部のディレクターを歴任、ビジネスPC事業本部長。2015年にデルに入社。上席執行役員。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネスを倍増させ世界トップの部門となる。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。2020年独立。『ひとり情シス』(東洋経済新報社)の著書のほか、ひとり情シス、デジタルトランスフォーメーション関連記事の連載多数。

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