「ひとり情シス」の本当のところ

第61回:レッドオーシャン企業のひとり情シス

清水博 (ひとり情シス協会)

2022-11-03 07:00

ブルーオーシャン戦略

 「ひとり情シス」と一口に言っても、いつも余裕のある方もいれば、常に何かに追いまくられて忙しい方もいます。また、向上心の高さや謙遜もあると思うのですが、ひとり情シスの73.4%は自身のスキルを未熟だと感じています。そのため、未知の問題には都度調べたり勉強したりしながら対応していく必要があります。

 しかし、自身のスキルや経験だけではどうにもならない部分もあります。それは、所属する会社による違いです。少し前になりますが、2015年ごろに「ブルー・オーシャン戦略」という経営学の書籍が世界的なベストセラーになりました。ブルーオーシャンとは、まだ競合が少なく、手つかずの市場が広がっている状態を指します。顧客にとって新しい価値を従来の製品やサービスに付加すること、すなわち「バリューイノベーション」を起こすことで、青い海にこぎ出そうというメッセージを発信していました。

 日本の中堅中小企業の中には、売り上げが20億円以上でかつ営業利益率が30%を超える超優良企業があります。実際にそうした企業を訪問したことがあります。その企業は、特定分野で世界のトップシェアを誇り、持続的な技術革新を続けています。機能的で清潔感もあるオフィスからは、創業精神を大切にした企業文化が培われていると感じられました。言わずもがな、IT活用やデジタル化についても計画的に進められていて、ひとり情シスの環境も充実していました。

レッドオーシャン企業におけるひとり情シスの位置付け

 一方でレッドオーシャンとは、文字通り血で血を洗う「真っ赤な海」のような激しい競合関係の市場にある状態を意味します。競合企業との苛烈な価格競争があったり、異業種からの突然の参入で破壊的な市場変化が起きたり、そもそも市場規模が横ばいや先細りだったりする厳しい状況です。そうしたレッドオーシャンに身を置く企業では全社的にストレスがかかっていることは容易に想像ができます。

 そんなレッドオーシャン企業の情シスにはスピーディーな働き方が求められます。出社すると次から次へと難題が発生するからです。「客先で見積りの原価を確認できるようにしてほしい」「利益計画について社内のデータでさまざまな分析を行って製品単位や顧客単位の損益分岐点を大至急知りたい」「緊急のプロジェクトでPCが必要なのですぐに準備してほしい」「当初予定していなかった利益が出そうなのでサーバーやストレージなどを急いで購入してほしい」などといった具合です。

 また、市場競争力が低いということは、購買者の影響力が強い状態ですので、営業職や技術職は顧客から厳しい要求を常に突き付けられます。そのストレスを発散させるつもりはないのでしょうが、文句の言いやすいIT担当者に当たりがきつくなることも多いです。とても理不尽な話ですので、このような環境に耐えられない方も多いです。

転職やキャリア形成を考えると

 転職をするならブルーオーシャン企業が望ましいかもしれません。しかし、そうした企業が情シスを募集すると何百人も応募があり、非常に狭き門となっています。とはいえ、ブルーオーシャン企業でなくても、企業の財務状況や期待される役割範囲、スピード感などを調べたり確かめたりすることは重要です。

 また、レッドオーシャン企業が現有の技術や営業力では激しい競争関係にあるということは、デジタル活用によって他社に先んじる可能性が十分にあるということを意味しています。当初は無秩序なIT資産の数々や仕様書のないシステムなどによって混沌とした状態になっていることも少なくありません。しかし、情シス担当者の奮闘によって徐々に整備され、デジタル面で競争力を持つ企業に変貌する可能性を秘めています。実際のところ、これを体現したひとり情シスの方も多いです。

 「ブルーオーシャン戦略」はレッドオーシャン企業がブルーオーシャン企業に変貌していくためのハウツー本ですが、そのための手段としてITやデジタルなどのテクノロジーが必要であるとは記述されていません。むしろ、テクノロジーは決め手ではないと断言しています。

「この製品(サービス)は、生産性、シンプルさ、使いやすさ、利便性、楽しさ、環境への優しさなどを、どう高めるだろうか」と自問しよう。このような価値を顧客にもたらさないなら、最先端テクノロジーを使っていても、ブルー・オーシャンの商機は開拓できないだろう。

 あくまでもITは補足的なものであり、目的ではないと戒めています。今、活躍しているひとり情シスにもレッドオーシャン企業の出身者が多いです。ビジネスの本質とITの効用について何度も考えたことが経験になっているようです。

清水博
清水博(しみず・ひろし)
一般社団法人 ひとり情シス協会
早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス)におけるセールス&マーケティング業務に携わり、米ヒューレット・パッカード・アジア太平洋本部のディレクターを歴任、ビジネスPC事業本部長。2015年にデルに入社。上席執行役員。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手掛けた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネスを倍増させ世界トップの部門となる。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。2020年定年退職後、会社代表、社団法人代表理事、企業顧問、大学・ビジネススクールでの講師などに従事。「ひとり情シス」(東洋経済新報社)、「ひとり情シス列伝」(ひとり情シス協会出版)の著書のほか、ひとり情シス、デジタルトランスフォーメーション関連記事の連載多数。産学連携として、近畿大学CIO養成講座、関西学院大学ミニMBAコース、大阪府工業協会ひとり情シス大学1日コースを主宰。

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