中国では近年、有料の「自習室」と呼ばれるサービスが人気となっている。読んで字のごとくで、インターネットカフェのオープン席のように仕切られたテーブルがあって、勉強や仕事をするプライベート空間をイメージすると分かりやすい。プリンターなどの設備が整っているほか、お菓子や飲み物、文具類も用意されている。店舗によっては、入り口にある二次元コードを専用アプリで読み取るとドアが解錠される仕掛けがあったり、スマートスピーカー内蔵の卓上ライトが置いてあったりなど、差別化が図られている。スマートスピーカーを設置する店舗があるといったあたり、必ずしも静かでなくてもいいようだ。
自習室はコロナ禍前の2019年から急増していた。2021年夏には、教育にかかる費用と時間の削減を目的とした「双減」政策が発表され、補習サービスをはじめ多くの教育関連の企業やサービスが影響を受けた。自習室ビジネスはその中でも生き残ることができた。参入障壁が低いことから多くの業者が参入し、自習室の利用者は2018年の85万人から、2022年には755万人と約9倍になった。しかし、今後は中国でも少子化による学生の減少が見込まれており、自習室も数年間で利用者の伸び率が大幅に鈍化し、頭打ちになると予想されている。学生相手のビジネスであるためサービスの差別化が難しく、競争が激化している。
双減政策を生き残ったもう一つのビジネスが教育テック(EdTech)の「学習機」である。これは「Android」を搭載した教育用タブレットで、クラウドの学習アプリだけが利用できるようカスタマイズされている。双減政策の発表後も販売が続けられており、AI機能などを搭載した高価格帯モデルが相次いで発表されている。学習者の理解度に合わせてAIが学習の内容やレベルを調整するといったもので、就学前から小中学校・高校まで幅広くサポートする。販売価格はおおむね5万~10万円で、それ以上の高級モデルもある。どんな家庭でも手軽に手が出せるものではない。また、進化の速いITの世界では、長い教育期間の中でずっと同じ端末を使い続けるとは考えにくく、新しい機種が出れば買い替えたくなるというものだ。
さて、前述した自習室と学習機を組み合わせた「智習室」というサービスが最近登場し、中国全土で増加している。自習サービスである点は変わりないが、高価な学習機をレンタルすることでそれぞれの能力に合わせた学習ができる。英語のスピーキングやヒアリングを練習するコンテンツもあるので、それくらいは声を出してもいい環境なのだろう。中国では、店舗が突然閉鎖になったり、ブームが下火になり次々と撤退していったりする光景がよく見られる。一方で、智習室ビジネスは、利用者がその場で学習機をレンタルする仕組みであるため、店舗側が導入する新しい機種を使い続けられるだろう。
智習室を利用するメリットについて、中国メディアでは次のように説明している。まず、自習する雰囲気ができていること。そして、常駐スタッフが学習機の使い方をサポートしたり、印刷を代行したりするサービスもある。AIを活用した学力分析と学習指導のほか、その結果を基に保護者と三者面談することも可能。
読書郎教育、松鼠AI、啓檬などの学習機メーカーが智習室を推進している。自社の製品を多くの消費者に体験してもらえるため、初期ユーザーを獲得する意味でも都合がいい。学習機の老舗メーカーである読書郎は、長年の事業で得た教育ビッグデータを持っているのだが、ゼロコロナ体制が明けても消費者は財布のひもを緩めず、業績が低迷している。2023年上半期の売り上げは、学習機の販売が前年同期比で55%減となり、会社全体の売り上げも1億2600万元(1元=約20円)で3790万元の赤字だった。
学習機が販売不振に陥っているエデュテック企業は、状況を打破すべく智習室ソリューションに活路を見いだそうとしている。智習室は付加価値を付けることで、自習室よりも利用料金を高く設定することができる。その一方で、iiMedia Researchの調査によれば、自習室の1日当たりの料金は10~20元が最も多く、それより高いと抵抗を感じるという。
まだまだ無駄な出費を抑える傾向が強い中、新たなサービスはどこまで受け入れられるのだろうか。さらなるサービスの投入やもっと価格を抑えたプランなどが必要かもしれない。読書郎などのエデュテック企業の今後の業績でそれが見えてくるだろう。
- 山谷剛史(やまや・たけし)
- フリーランスライター
- 2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。