KDDIがDX(デジタル変革)ビジネスに一段と力を入れ始めている。モバイルなどの移動体通信事業に次ぐ柱の1つに、データを活用したDX事業を位置づけ、それを育てていくために、アジャイル開発やデータ活用、ホスティングサービス、クラウド化などDXに必要な事業会社を買収、新設してきた。さらに、AIやロボティクス、コンサルティングなど不足しているリソースを取り込み、DX事業の活性化を図ろうとしている。
その役割を担うのが2022年5月に設立したDX専業グループの中間持株会社「KDDI Digital Divergence Holdings」(KDH)だ。
KDH 社長 兼 CEO 藤井彰人氏
KDH 社長 兼 CEO(最高経営責任者)の藤井彰人氏は「通信会社がサービスをつなぐハブになり、通信をベースにDXをドライブする」と、ユーザー企業がKDDIのデータと自社データを掛け合わせて、新しいビジネスの創出や、業務プロセスの抜本的な改革に取り組むことを支援するという。
「社会ニーズをデータで把握し、次の業務に生かすもので、データを集めて、分析し、レポートを作成するデータアナリストとは違う」(同氏)と、データアナリティクスは必要なパーツの1つで、どう生かすかを考えるKDHの優位性を強調する。
また同氏は「ニーズを見つけて、すぐに作り、試しながら、タイムリーにサービスを開発する。そのためにはクラウドとアジャイル開発、DevOpsを実現するバリューチェーンが必要になる」とし、まずはクラウドのデリバリーの組織を取り込んだ。2017年2月にKDDIグループ入りしたAmazon Web Services(AWS)などを稼ぐクラウドインテグレーターのアイレットだ。クラウドの導入から保守までを請け負う同社の人員は、既に1000人を超すという。KDHの設立とともに、同社のグループに入った。
次に、アジャイル開発人材の育成と専門チームを立ち上げる。富士通、Sun Microsystems、Googleを経て、2013年にKDDIに転職した藤井氏は「ソフト開発手法が米シリコンバレーと、あまりにかけ離れている」と、アジャイル開発に切り替えることを提案したのが始まりだという。
モバイルアプリのように顧客の変化を見ながら日々進化するデジタルビジネスを支援するシステムの開発に、1年も2年もの時間をかけていたら出来上がる頃には時代遅れになる。こうしたシステムはユーザーの反応を見ながら進化も求められる。
そこで、約10年たった社内向けシステムのアジャル開発組織の外販にも乗り出すため、2022年5月にアジャイル開発チームを分離、分社したのが「KDDIアジャイル開発センター」になる。
同開発センターは、ユーザーと一緒になって開発を進めていく伴走型パートナーを目指し、ユーザーにアジャイル開発のエンジニアを派遣するのではなく、ユーザーのプロジェクトオーナー(PO)らが開発センターに集まり、POを支援しながら、目的のシステムを作り上げていく開発体制を取る。
協力会社を含めて約400人でスタートし、その後、札幌や福岡、三島、群馬など全国各地にサテライトオフィスを開設するなどし、2023年に入って約200人増員した。地域での生産性の高い働き方にし、数年以内に合併・買収(M&A)や採用で数千人の規模にするという。
KDHグループにはこのほか、ホスティングサービスなどを展開するKDDIウェブコミュニケーションズ、アジャイル開発手法スクラム(Scrum)の研修や普及に取り組むScrum Inc. Japan、データ活用プラットフォームを開発するフライウィールがある。
KDHの設立以前からKDDI社内やグループとして事業を展開し、KDHの設立とともに傘下に再配置しているが、フライウィールは2023年3月に資本業務提携したばかりで、KDDIのビックデータとユーザーのデータを掛け合わせて、新しいアイデアやビジネスを生み出すことを目的にしている。「通信が人や拠点をつないできたが、次にデータをつなぐことを考えている」(藤井氏)と、フライウィールの重要性を説く。
DX事業に欠かせないAIやロボティクスなどテクノロジーの事業会社の買収、提携はこれからになる。もう1つ重要なIoTは、実はソラコムとの深い関係がある。
KDHグループではないが、ソラコムがKDDIグループに入りする折、藤井氏が深く関与したことで、今もソラコムの取締役を兼務している。システムインテグレーション(SI)ビジネスやビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)ビジネスを強化する外資系経営コンサルティング会社と戦う上で、DX戦略策定から実行を支援する経営コンサルティング会社との関係作りも欠かせないだろう。
KDDI 取締役・専務執行役員 ソリューション事業本部長 兼 グループ戦略本部長を務める桑原康明氏が9月初旬の法人事業説明会で、DXの進化を業務プロセスの効率化から新規ビジネスの創出、データを活用したビジネス変革へと予測し、そのソリューションを開発、提供する考えを明かした。
背景には、労働生産人口の減少などによる、物流ドライバー不足などの大きな社会課題を解決するDXの実装に取り組む企業が極めて少ないことが挙げられる。顧客接点を数多く持つKDDIが、通信料金の月額サービスモデルにDXを加えた新しいサービスを提供するために、KDHグループの仲間を増やし、ユーザーのDXを加速させたいのだろう。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。