「交渉ごとが苦手」という人は、結構多いのではないでしょうか。ビジネスでの取引相手との交渉はもちろんですが、会社の同僚との「これ、やっといてくれない?」みたいなちょっとしたやり取り、大きな買い物をしたいときの家族との話し合いなど、普段の生活の中には、案外「交渉」の要素が多いものです。
そうした場面が「苦手」という場合、考えられる原因として、これまでに「自分の考えをうまく伝えられない」「相手を説得することができない」「相手の意見に納得していなくても、何となく押し切られてしまう」といった経験が多かったのかもしれません。
人に考えを伝えるためのスキルは、普段から意識して練習し、場数を踏んでいくことで向上していくものです。一方で「何となく押し切られてしまう」ことが多い場合は、性格的な問題もさることながら、もしかすると交渉や判断を行うときに働く「心理的なワナ」にはまっていることに、本人が気がついていないケースがあるかもしれません。
この記事では、人が決断したり、交渉したりするときに、その過程を間違わせかねない「人間の心理的傾向」の中から、代表的なものを5つ、ご紹介します。いつも「何となく押し切られてしまう」という人は、最終的な決断の前に、自分がこの「ワナ」にはまっていないかどうか、確かめる習慣を身につけてみるといいかもしれません。
「なので」のワナ
「この仕事、代わりにやっといて」と「この仕事、俺、手一杯なんで代わりにやっといて」。
どちらも、他の人に自分の代わりに仕事をやってもらうためのセリフですが、おそらく実際に代わってもらえる確率は後者のほうが高いでしょう。前者と後者の違いは「〜なので」という、代わってもらわなければいけない「理由」が入っているかどうかだけです。
しかしこの「〜なので」。かなり強力な心理誘導効果を持った言葉なのです。次の3つの文章を見てください。
- 「すみません……五枚だけなんですけど、先にコピーをとらせてくれませんか?」
- 「すみません……五枚だけなんですけど、急いでいるので先にコピーをとらせてくれませんか?」
- 「すみません……五枚だけなんですけど、コピーをとらなければならないので、先にコピーをとらせてくれませんか?」
この3つの異なったセリフで、実際に先にコピーをとらせることに相手が同意する割合に違いがあるかどうかを調査した実験があります。1番目は「理由なし」、2番目は「理由あり」で、それぞれ承諾した人は1番目が60%、2番目は94%だったそうです。
さて、問題は3番目。文章で見る限り、「〜なので」という表現はありますが、「コピーをとらなければならないので」は、「先にコピーをとりたい」ことの十分な理由にはなっていません。冷静に考えれば、1番目の「理由なし」と同じ程度の同意しか得られなさそうです。しかし実際には、2番目の文章とほぼ変わらない「93%」の人が同意したのだそうです。ちょっと意外ですね。
もちろん、何でもかんでも「〜なので」が付いていれば同意してしまうというわけではないのですが、ある程度の条件がそろっている時には、「理由がないのと同然」の状況でも、「理由がある」のと同程度の同意を引き出せてしまうという事実は注目に値します。
自分が承諾すべきと考えたその「理由」は、本当に妥当性のある理由かどうか。決断の前にもう一度考えてみるクセをつけておくといいかもしれません。