三国大洋のスクラップブック

グーグルが破壊する通信会社の既得権益 - (page 2)

三国大洋

2012-08-03 14:26

希少から潤沢へ

 Google Fiberの発表のなかで、グーグルは計算処理能力やストレージ能力の向上(単価の低下)に比べて、まったく進歩が止まってしまったかに見えるブロードバンドの問題を何とかしたいという考えを前面に押し出してきた。(Business Insiderの記事にある「Growth in Technology Innovation」というグラフを参考)

 この前提にあるのは、先進国のなかで最低レベルに落ち込んでしまった米国の固定ブロードバンドの状況だ。詳しいことはWirelessWire Newsの記事(「世界のブロードバンド・サービス比較 - 価格・速度とも遅れをとる米国」で記したが、たとえば「トリプルプレイ」(ネット接続、テレビ、電話)サービスのランキングで最下位となったニューヨークでのベライゾン・コミュニケーションズのサービス(FiOS)は、月額154ドル98セントで、ネット接続の下りが10Mbps、上りは2Mbpsに過ぎない。その一つ上にあるコックスのCATV回線を使ったサービスも月額133ドル96セントで、ネット接続は下り15Mbps、上り1.5Mbpsとなっている。

 グーグルが「Google Fiberは既存サービスに比べて100倍高速」(しかも価格はトリプルプレイでありながら月額120ドル!)と自慢したくなるのも不思議ではない。なんともお粗末な状況なのである。

 国土が広い(=人口密度が低い)という事情の違いを考慮しても、お粗末といわざるを得ないこの状況を生み出した責任の大半は、米国政府の通信政策の失敗にある。経緯の詳細などは省くが、この失敗によって、期待した「電話会社各社と各ケーブルテレビ事業者」との市場での競争が空振りに終わり、現在は「固定線ブロードバンドはケーブルテレビ事業者が、携帯通信網を通じた無線ブロードバンドは電話会社がほぼ支配する」という事実上の棲み分けが成立してしまっている。

 その結果、何が生まれたか。いわずと知れた料金の高止まり、もしくは実質的な値上げで、特に携帯端末市場で7割近いシェアを握るベライゾンとAT&Tは、他の国ではまだあまり聞かないデータ通信の従量制課金をいち早く導入した。さらに最近は、複数端末の利用者が有利になる「ファミリーデータプラン」を用意する一方で、スマートフォン1台の場合には最低でも85〜90ドルの料金がかかる新方式を打ち出している。

 こうした動きに対し、ネットへのアクセスが教育や雇用の機会をもたらし、ひいてはそれが国全体の競争力強化につながると考える人々からは、繰り返し警鐘をならす声が上がっている。また、オバマ政権が比較的早い時期から「National Broadband Plan」を掲げ、「500MHz分の帯域を新たにモバイルブロードバンド用に振り向ける」とし、テレビのホワイトスペース再利用計画を打ち出したりしているが、関係者間の利害調整などに手間取り成果が上がっていない(註6)。

 2010年2月にGoogle Fiberの構想が発表され、その後、1000を超える自治体が誘致(最初の展開候補地)に名乗りをあげた背景には、こうした米国の通信事情がある。同時に、Google Fiberに対する期待もそれだけ高いことが、これらの事実からもうかがえるだろう(註7)。

 (携帯)通信事業者とケーブル事業者の事業を一緒に考えるのは少々荒っぽいが、両者の事業モデルに共通するのは、価値の在処を「希少性」("scarcity")に求めているところ。携帯通信事業者の場合は、文字通り周波数帯という限りある共有資源——それに対して膨大な対価を支払ってライセンスを取得し、さらに何百億ドルという設備投資を行って、この周波数帯を使ったネットワークを構築・運営しているからこそ、サービス加入者に割高と思える料金を請求し続けていられる。同様に、ケーブル事業者もプレミアムコンテンツを目玉にさまざまなチャネルをバンドルして高額な料金を維持してきたが、目玉商品のハリウッド製コンテンツやプロスポーツの生中継などは、やはりそれなりのコストを払わなくては調達できない。

 それに対して、グーグルが強みを持つのは「潤沢さ」("abundance")に依って立つもの——通信回線容量、自前のサーバ(の処理能力)、記憶媒体(ハードディスク、フラッシュメモリ)、広告在庫(となるウェブ上の情報やGmailのメッセージなど)……などで、いずれも技術の進歩などにより、無料もしくは極くわずかなコストで確保できるものを上手に活用するという点が共通する。

 Google Fiberでは、初期費用300ドル(ラストワンマイルの工事費用)を負担した加入者には、月額費用のかかるトリプルプレイやブローバンド接続のほかに、7年間無料で下り5MbpsのDSLサービスを提供する。では、この7年間が終了した後はどうなるのか。そんなDigits(WSJ)の質問に対し、グーグルの広報担当者は「その時には、他社が提供する同等のサービスを参考に、市場の実勢価格で料金をもらうことになる——もしGoogle Fiberの取り組みが成功すれば、その時にはこうしたベーシックなサービスの価格はタダ($0)になっているはず」と述べている(註8)。

 回線速度などのネット接続の品質や提供するコンテンツの種類といった点は別にして、ここにグーグルが理想とする状況を知るひとつのヒントがあるようにも思える。

 話がだいぶ長くなってきたので、この続きはあらためて。次回のポイントを簡単にまとめておくと……

  • Google Fiberの最初の展開地としてカンザス州が選ばれたことのシンボリックな意味
  • 2008年の経済危機以降にはっきりとしてきた「コードカッティング」の流れ(CATVや衛星経由の有料テレビサービスを解約し、ネットフリックスなどのネットサービスで代替すること)
  • YouTubeのコンテンツ強化に力を入れるグーグルの動き
  • 過去の携帯通信事業者とグーグルとの「衝突」と「呉越同舟」
  • 世界有数のハードウェアメーカーになったグーグルが、Google Fiberのために自前で開発・用意してきた端末
  • Wi-Fi網でフランスの携帯通信業界をひっくり返そうとしているイリアドというISP事業者(無線サービス「フリー」を今年から開始)

 こういったポイントに触れながら、グーグルがスマートフォンなどの「最終ユーザーとの接点」を確保するために、いまや「イノベーションにとって最大の障害」(註9)という声もあがる携帯通信事業者とどう対峙していこうとしているのか、また、そのことがアップルなどの競合他社にどういった影響を及ぼしそうかを考えていきたい。

 最後に、Google Fiberにかける地元の期待の大きさがわかるビデオを紹介しておく。「データスピードは酸素のようなもの」というグーグルCIOの一言が興味深い。同時に「きっと我々の親の世代が新幹線や高速道路を誘致したときにも、こんな感じだったのかも知れない……」と勝手に想像してみたりも。

(YouTubeには英語字幕もあるので興味のある方は是非)

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註6:(参考)通信事業者とグーグルの政治献金額

今年4月に公表された2012年1〜3月期の企業別政治献金額ランキングでは、AT&Tが約710万ドルで1位、グーグルが約500万ドルで2位に入ったほか、4位にケーブル事業者最大手のコムキャスト(460万ドル)、5位にベライゾン(450万ドル)がそれぞれ入っている。

AT&T, Google among top lobbying spenders in Q1

またOpenSecrets.orgというウェブサイトにあるランキング(団体・企業の双方を含む)を読むと、今年の支出額(献金額)で4位にAT&T(1054万ドル)、7位にグーグル(979万ドル)、12位にコムキャスト(859万ドル)、13位にベライゾン(854万ドル)の名前がある。

Lobbying Spending Database - OpenSecrets.org


註7:雇用とブロードバンドの関係

AllThingsDの記事には「自治体が独自にギガビット・ブロードバンド回線(光ファイバー網)を引いたところ、うまく雇用創出に結びついた」という例が記されている。

The network has also encouraged a lot of economic development. Defense contractor Northrop Grumman brought 700 jobs to town basically because the fiber network was available. DirecTV brought 100 more. Eight hundred jobs amounts to serious economic gains in an area with a combined population of 43,000 on both sides of the state line.

Want Gigabit Internet? You Don't Have to Move to Kansas City.


註8:いずれはずっと無料で

For a one-time fee of $300, which can be paid in installments, Google will install Internet service with a speed of 5 megabits per second–or roughly equivalent to many of the so-called DSL connections in the U.S. After the fee is paid, there is no other cost for the service for at least seven years.

A Google spokeswoman said that "at the end of seven years, we will begin charging the market price for comparable speeds―which, if Google Fiber is successful, will be $0."

'Other' Kansas City Jazzed About Google's 'Free' Internet

このDigitsの記事で興味深かったのは、同市の教育委員会責任者(?:chief of staff of the city's public school system)の次のようなコメント。

「生徒の85%以上が低所得者層の家庭の子で、給食費を無料もしくは割引してもらっているような状況だから、家ではネット接続サービスに加入していない子供も多くいる」「学校や図書館でワイヤレス接続を使おうと、朝早くから外で待っている子供たちの姿を目にする」

註9:イノベーションにとって最大の障害

Five years after the iPhone, carriers are the biggest threat to innovation

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