J.S.G.Boggsというアメリカ人のアーティストがいる。この男、手描きかつ片面のみの自作米ドル札である「Boggs紙幣」を制作している。
作っているだけなら無害だが、このBoggsという男、これを携えて街へ繰り出し、自作の紙幣であることを説明した上で商品の購入に使わせてほしいと交渉する。10ドルのBoggs紙幣であれば、その額面の10ドルのものを買おうとするのである。受け入れられ、お釣りまでもらえることもあれば、警察沙汰になって逮捕されてしまうこともある。
彼のアート作品としてのBoggs紙幣10ドルは、実際には1000ドルの価値があると言う。しかし、Boggsの狙いは自分の作品の価値を知ることではない。
彼がBoggs紙幣を通じて問い掛けようとしているのは、お金の価値の源泉がどこにあるのかということだ。つまり、米ドル紙幣は受け入れるのに、Boggs紙幣は何故受け入れないのかと。
お金の価値を問い掛ける展覧会
5月の2日から26日まで、表参道GYREにてお金の価値を問い掛ける展覧会「Money after Money 信用ゲーム2013」が開催された。これは、アートとお金に共通する、実際の額面とは異なる価値に注目した展覧会である。
出品作品には、リーマンショック以降の作品が多い。これは、主催者の意向にもよるのかもしれないが、金融システムが揺らぐことによってお金の価値についてアーティストが強い疑念を呈示したことにもよるだろう。Boggsのドキュメンタリーフィルムもこの展覧会の出品作である。
ギリシャやキプロスが経済危機に陥ってユーロが大きく価値を下げる中、逆に大幅にその価値が高騰した通貨がある。それは「ビットコイン」と呼ばれる分散型ネットワーク通貨である。
ビットコインは、国家のような特定の発行体は持たず、その通貨流通量はソフトウェアのアルゴリズムによって規定されている。恣意的な経済政策によって価値が大いに揺らぐ“通貨”よりも、出自が曖昧でも恣意性のない“仮想通貨”の方が価値があると判断した投資家がいる訳だ。
経済の変動に伴って通貨の価値が乱高下するとき、人は何か永続的かつ普遍的な価値を求めようとする。景気が悪化すると「金」の人気が高まったり、ビットコインのような仮想通貨の人気が高まる。しかし、Boggsが問い掛けるのは、むしろそんな永続的かつ普遍的な価値は存在しないのだということではないだろうか?
無機質なお金と意味のあるお金
われわれがお金を得るとき、そこにはさまざまな苦労や物語がある。また、われわれがお金を貯める時、そこには何かを買うためであったり、子供の将来のためであったり、自分の老後のためであったりと、何かしらの目的が付与されている。そして、その相対的価値は、同じ1万円であっても人によってさまざまである。
しかし、それがひとたび銀行の口座にプールされると、同じ1万円は全て同じ経済価値となり、無機質なお金として融資へ使われたり、国債の購入に充てられたりする。
一方で、最近ではお金を無機質なものに転換せず、個々人が付与した意味をそのままに活用することが可能になってきている。