三国大洋のスクラップブック

「チープなiPhone」が出なかった理由、あるいはアップルの「隠し球」 - (page 3)

三国大洋

2013-09-20 16:30

「市販価格400ドル以下」のセグメントに対するアプローチ

 そこで次に問題になるのは3番目の点――新興国や一部の欧州市場のなどで、端末を一括購入せざるを得ない消費者にどうアプローチすればいいか、という課題である。これについて、前述のBenedict Evansは「プリペイド・ユーザーの割合は欧州で50%、中国で90%」などとしており、彼らにとっては「550ドルの5cはやはり高嶺の花」としている(そして、Android端末の平均売価は250~300ドル、XiaomiのMI3でさえ330ドルなどと付記している)。

 中国でも実際には24~36カ月といった長期間での分割支払いという選択肢も提供されているが、これを選べるのは当然与信の問題をクリアできる人間だけ。また日本でも「5万3000円するiPhone 5cを一括払いで買う」という人はそう多くはないかもしれない。

 なお、Bloombergで9月初めに出ていた「iPhone 5の値段が高い国ランキング」によると、1位のブラジルでは約1016ドル(2399レアル)と米国(34位、649ドル)に比べて57%も高い。また上位を占める欧州各国でも軒並み800~900ドル台となっており、中国はこのリストに含まれる34カ国の中で18位(864ドル、付加価値税17%が込みの値段らしい)に過ぎない。

Most Expensive iPhone 5 in the World: Countries - Bloomberg

 iPhoneの「サービス化」(servitization)――サービスの一部として物品を提供、代金を回収するという方法――について論じているAsymcoのHorace Dediuは、「割賦販売や販売助成金による通信キャリアの代金肩代わりが可能なのは、サービス経済化が進んだ一部の国だけ」であり、また「信用付与、巨額の資本を投じたインフラ整備、そして物流網など」を欠く新興国の経済社会ではサービス化は成立しづらく、それが「iPhoneの弱みでもある」と述べている。

S is for Service - Asymco

 いずれにせよ、米国などとは条件(環境)が異なるこうした市場にAppleが今後どうアプローチしようとしているのか。そのことに関する公式な見解、あるいは経営幹部による公の場での発言はいまのところない。Tim Cookは相変わらず「国や地域ごとにいろいろと最適なやり方があると思う」「中国はAppleにとって最も成長が期待できる最重要市場」などと模範解答を口にし続けるだけで、具体的なアプローチについて言及したことはほとんどないかと思う(あったとしても「Apple Storeの数を大幅に増やしていく」ことくらいか)

 2012年スマートフォンの販売台数で米国を抜いて世界一になった中国市場について、Appleが具体的な打ち手を何も明かさず、しかも売り上げが前年比で14%も減った(4~6月期)ことなどが報じられる。あるいは「国産メーカー各社のAndroid端末が急激にシェアを伸ばし、iPhoneは5%程度まで後退」といったニュースが大きく採り上げられる。そうしたなかで、期待されたiPhone 5cが打開の糸口にならないと聞いて、投資家が落胆する……「落胆するのも無理はない」と言えそうな状況にも思える。

 もっとも、Benedict Evansが別の記事のなかで指摘しているように、助成金なしで200ドル以下といったレンジの製品は、たとえたくさん売れたにしても大した利益を期待できない。だとすれば、Appleがそういった製品の購入層をそもそも相手にしない、というのは十分に理解できる。

The price of the 5C - Benedict Evans

 また、「メルセデスベンツやBMWを乗り回すような人々がアジアにはたくさんおり、Appleはそんな市場のセグメントしか狙わない」とBen Thompsonは書いているが、そうしたラグジュアリーブランド的なアプローチも理解できなくはない。

The iPhone is Apple Doubling-Down On What It Does Best - stratechery

 この記事のなかには「『iPhone 5cの値段が中国の平均月給並みで……』などというのがそもそもナンセンスな指摘で、自分の財力を示す手段になるからこそ、みんながiPhoneを欲しがる」という面白い一節もある。iPhoneは「高いからこそいい」ということだろう。

 一方で「手ごろな価格で十分使い物になる(「good enough」な)製品が増えるとすれば、『それでよし』としてしまう消費者も自然と増える」ことは当然Appleにも分かっているであろう。また「AppleはBMWみたいな形で生き残る」とSteve Jobsが口にしていた1998年前後とはまったく状況が異なるのも言うまでもない。

 そうした中で、Appleが「いま伸び盛りの、もしくはこれからが期待できる市場」に対してどういった手を打っていこうとしているのか……その点がなかなかわからなかったのだが、実は意外なところに「隠し球」があったことにようやく気付いた。

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