「Appleのやりかたを見習おう」「製品デザインあるいはユーザー体験にこだわろう」といった趣旨の話が書かれた書籍や記事などをひところよく目にした覚えがある。さすがに最近では目立たなくなった感じも強いが、それでもたとえば「アップル デザイン 戦略」などといった言葉で検索してみるといくつもそれらしい情報が見つかる。
また逆に「真似しようとしても簡単にはできない」類いの事柄として、Appleの大規模かつ高度なサプライチェーンや膨大な資金を投じるマーケティング(広告宣伝)などに焦点をあてた話もすでにたくさん書かれてきたかと思う。いずれも間違いではなく、それぞれ参考になるのだろうが、でもそれだけでは十分といえないのではないか…。今日はそんなことを考えさせられた話をひとつ紹介する。
しばらく前から気になっているブログで「Stratechery」というのがある。運営者(書き手)であるBen Thompsonのプロフィールには、Apple、Microsoft、そしてAutomattic(WordPress.comなどさまざまなサービスを提供するベンチャー企業)で戦略、対開発者関連、マーケティングなどのキャリアを積んだ、などとある。また学校(ノースウェスタン大学の大学院)時代にはMBA、そしてデザインおよびイノベーションに関するエンジニアリングの修士号も取得していたらしい。
そんなThompsonが11月初めに「Appleの戦い方」に焦点を当てた記事を公開していた。下掲の見出しにもある通り、Appleが新たな製品投入・サービスの立ち上げにあたって「どんなレバレッジ(梃子)をつくり、それを使ってきたか」「音楽業界や携帯通信業界の各社とどんな駆け引きをしてきたか」という部分に光を当てた話である。
この中でまず挙げられているのが、2003年にリリースされた「iTunes Music Store」の例。同サービスと対になる「iPod」はその約1年半前に登場していた。けれどもこの時点ではまだMacだけに対応する、かなりニッチな存在だった(今とは違い「Macの市場シェアが5%以下」という時代の話)。
ただ、このニッチなAppleユーザーが、MacとiPodに1500ドル以上も喜んで出すという「かなり気前のいい顧客」で、そういう顧客なら「1曲に99セント払うことなど何とも思わないだろう」というのが、レコード会社に対するAppleの売り込み文句だった。一方、当時まだ違法コピーの氾濫に手を焼いていたレコード会社の方も半分くらいは「ダメ元」のつもりでAppleの示した条件で話に乗ることにした……などといった経緯が簡単に記されている。
このiPod/iTunesの成功を踏まえて、Appleが次に狙いを定めたのが、周知の通りの携帯通信分野。今回初めて知ったのだが、Appleは米国でのiPhone投入にあたって、最初はVerizon Wirelessに話を持ちかけていたのだという。
ところが、VerizonはすでにAT&T(当時はまだCingular)から加入者を奪い始めていたので、Apple側が提示した条件で取引することなどはあり得ないといった反応だった。そこでAppleは交渉の相手をAT&Tに変え、同社と独占契約を結んだ。
そして、この取引が奏功し、iPhoneが発売されるとVerizonの加入者がAT&Tに流れ始めた…。結局Verizonが根を上げてAppleの示した条件を呑むことにしたのは、最初の交渉(2006年)から約5年後、AT&TによるiPhone取り扱い開始から約4年後のことだったが、Appleは辛抱の甲斐あって提携相手からうまく譲歩を引き出せた。そして、「それと同じパターンが米国外でも繰り返された」として、現在台北在住のThompsonは日本市場のことを代表例として挙げてもいる。
Thompsonがこうした過去の例を持ち出しているのは、今年秋にサービスが始まった「Apple Pay」について考察するため。
この考察の部分でThompsonは、AppleがApple Pay投入に向けた布石として前年に「Touch ID」を追加したり、すでに約8億件のクレジットカード情報をiTunesユーザーから集めていたりすること、Apple製品のユーザーが依然として可処分所得が多く、しかも新しいAppleのサービスに食い付きやすいことなどを挙げている。
また、クレジットカードの決済事業者――Visa、MasterCard、American Express――については「2003年当時のレコード会社に相当する」とし、彼らの主たる関心は「新しく登場してきた決済サービスによって中抜きされてしまわないか」ということであり、自らのサービスをベースとするApple Payは彼らにとって「渡りに舟」の提案だったとか、銀行各社の立場については「iPhoneの場合の携帯通信会社に相当」するので、長期的には価格(手数料)しか差別化の材料が残らないのではないか、といった見方を記している。