三国大洋のスクラップブック

イノベーションは生産ラインで--アップル新規参入で考える自動車業界の難しさ

三国大洋

2015-03-03 07:00

 Appleの経営とスマートフォン市場の分析で何年か前に名前を知られるようになったAsymcoのHorace Dediuが「自動車業界に関する入門ガイド(“The Entrant's Guide to The Automobile Industry”)」と題するブログ記事を公開していた。「Apple Car」開発(の可能性)の報道を受けて書かれた、この分析記事、おそらく主な想定読者はシリコンバレーあたりの企業で働く人々といったところだろう。

 世界的な自動車メーカーがいくつもある日本の読者のことを考えると、全部で10項目ある指摘の多くは、実は「知っていてあたり前」なことかもしれない。ただ、自動車の分野について何も知らない筆者には「なるほど」と感心させられる指摘も多かった。今回はそうした素性のこの分析(考察)について簡単に紹介する。

 まず考察の結果を先に記すと、ざっと次のようになる。

  1. Ferrari車の方がFord車よりも設計、生産が難しい(製品開発より生産技術の開発の方が大変)
  2. ローエンドのディスラプション(破壊的イノベーションの登場)が普及の初期段階で何度かあった(米国では約100年前のFord Model-T。欧州や日本では60~70年代)
  3. 大きな意味のあるイノベーションのほとんどは生産ラインで起こってきた(車輌自体ではなく)
  4. 自動車がどう変わるかを理解するには、道路の方を研究すること
  5. 駆動系の技術革新で市場のディスラプションが起こったことはない
  6. 中国が最大の生産国かつ消費国になっている
  7. ほぼすべての自動車メーカーがなんらかの形で株式の持ち合いをしている
  8. 自動車ユーザーにとっては道路の混雑の方がより大きな問題(車輌自体の欠点よりも)
  9. 外注の組立メーカーはほぼ皆無
  10. 車輌の走行距離を伸ばすことの方が高速化よりも難しい

 「イノベーション」「ディスラプション」といった言葉が繰り返し出てくるのは、Dediuがハーバード大の経営学修士号(MBA)でClayton Christensen(『イノベーションのジレンマ』などの著者)の薫陶を受けたこと、過去に「携帯電話の世界にiPhoneというポケットコンピュータを持ち込むことでAppleが市場のディスラプションに成功した」などと分析していたことと関係している。

 つまり、たとえば「新規参入者にとってどれほど成功できる余地があるのか」「あるとすれば、どういった角度からアプローチすべきなのか」といった関心から自動車市場のことを眺めている、ということだろう。読者とのコメントの中でDediuは「ディスラプション」について「他者がやりそうにないことをやって、それでたくさんのお金を儲けること」「他者ができないことをやることではない」と説明している。

 10項目の指摘全体から受ける印象は、自動車市場への参入というのは「なんとも大変そう」といったもの。また参入するのも大変なら、生き残るのはさらに大変といった感じも伝わってくる。

 Tesla Motorsがほぼ自前で電気自動車をこしらえてしまったので、新規参入が「やってできないこと」ではないのは分かったものの、Teslaの年間に数万台程度という現在の生産規模では利益も出ないし、大きな社会的インパクトもない。

 まして駆動系の技術革新は確たるアドバンテージにならず(=競合他社でも比較的簡単に採用できる)、勝負の決め手は大量生産に関する技術の部分で、しかも電子製品の世界のように水平分業体制ができていないから(現在のAppleにとってのFoxconnのような外注先がないから)、大量生産しようと思えば、そのための知見をもつ人材を集めるところから取りかからなくてはならない(一部に例外はあるようだが)。

 また潜在顧客(ユーザー)にとって最大の不満が道路の混雑にあるとすれば、Googleがやっている自動運転車のような方向で糸口を探すか、それとも交通情報システムのような社会インフラまで視野にいれた大きなシステムをこしらえるしかない……。

 この記事と前後してBloombergに出ていた自動車業界に関する記事には、「過去5年間に10万ドル以上する高級車の売れ行きが物凄い勢いで伸びた」「2010年に世界全体で12万台程度だった高級車の登録台数が今年は30万台に届きそう」「2009~2014年の5年間で中国市場では高級車の販売台数が4.5倍(450%増)に」「Rolls-Royceが出した2ドアモデルを、自分で創業したアプリメーカーを売却した22歳の若者が買うようなご時世」といった記述も並んでいた。

 「本体だけで1個1万ドル以上もするのではないか」といった噂も流れている「Apple Watch Edition」(18kを使った最上位機種)を買う層がそれなりに存在するすれば、同じ層を狙ってニッチな超高級車をAppleが出すというのもあるのではないか、などとぼんやり思っていた。

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