米国で物議を呼んでいるベンチャーがある。CEC(Corrective Education Company)という名のスタートアップのビジネス領域は、オンライン教育である。
しかし、“Corrective”という単語が示す通り、そのターゲットは極めてニッチだ。万引犯である。しかも、そのマネタイズの手法は極めてユニークだ。
CECと契約しているスーパーで万引犯が警備員に捕まったとする。すると、スーパーは容疑者に対して、320ドルを支払ってCECの提供するオンライン教育コースを受講するか、あるいは警察を呼ぶかの選択肢を与える。もし容疑者がオンライン教育コースの受講を承諾すれば、容疑者はその場で解放され、もし承諾しなければ警察が呼ばれることとなる。
CECの売り上げは、万引犯の支払う受講料である。そして、リテーラー側に費用が掛かることはない。もし、容疑者が一定期間内にCECの教育を受講しなければ、再度リテーラー側へ突き返されることになる。つまり、警察沙汰になる。
このベンチャーを取り上げたSlate誌の記事によると、同社はこのサービスが、関係者全員をハッピーにするものだと説明している。つまり、CECの教育を受講すれば、容疑者に前科が付くことはなくなり、スーパーも警察を呼ぶ手間が省けてコスト削減につながる。さらには教育プログラムの結果として再犯率も下がるはずだと。
CECはニューヨーク、ボストン、シカゴなど米国の主要都市でビジネスを展開し、既に20のリテーラーが同社のサービスを利用している。そして、過去4年間でおよそ2万人が先の選択を迫られた結果、オンラインコースを受講した。
しかし、同誌は、このサービスの問題点も指摘している。つまり、CECのサービスは、民間企業が警察や司法の肩代わりを行うようなものであり、その正当性は担保されていないというものだ。小売店の警備員が捕まえた万引き容疑者が100%クロであるとは限らない。
万引きの容疑を掛けられたら、本当は犯罪を犯していなかったとしても、警察へ行く面倒を避けてオンライン教育の受講を承諾してしまう可能性もある。また、こうした嫌疑はマイノリティなど社会的弱者に掛けられる傾向も指摘されている。
スタートアップのビジネスを考えるとき、それはなんらかの社会の痛みを解決するものでありたい。CECのサービスは、そういう意味では犯罪者、被害者の双方の痛みを解決するものであるように見える。でも、もしもこのビジネスが十分に成長するほどに万引きの問題が大きいのだとすると、その背景には例えば格差や高齢化といったより大きな社会的課題が潜んでいるに違いない。
CECのビジネスは、万引きそのものの削減をターゲットとしたオンライン教育サービスに留まっている限り、その正当性に関する議論が続くことになるだろう。しかし、その背後に潜む社会問題の解決という観点からそのビジネスを組み直せば、きっと面白い展開が見えてくるのではないだろうか。皆さんはどう考えるだろう?
飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。