ある時代の「半歩先」をフィクションで味わうのにうってつけなのが、スパイ映画/諜報員ものというジャンルである。文字どおり「ひみつ道具」の香りが漂うスパイ用品は、「民生品として販売されていない、研究開発中の技術を盛り込んだ試作品」という形で登場することが多い。「ミッション・インポッシブル」シリーズ然り、「007」シリーズ然り。
大昔のスパイ映画でターゲットを追跡する際は、「発信機」と呼ばれるガジェットが使われている。登場シーンでは決まってカメラが寄るなどして、「どうだ、スゴい機械だろう!」というドヤ顔のアピールもセットだった。
しかし時代が下ると、カーナビが普及し、補足説明なしで「GPS」という言葉が一般大衆に理解されるようになる。こうなると、GPS機能のついた発信機程度では、いちいちドヤ顔演出など施されない。その映画を観ている観客のポケットには、マナーモード中のGPS発信機(としても使えるスマホ)が入っているからだ。もはやGPSは敵国の要人にではなく、自社の社員を監視するために使われている。
今から6年前の2011年に公開されたスパイ映画「ミッション・インポッシブル」シリーズの第4作『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』には、潜入用の変装マスクを作るために、持ち運びタイプの3Dプリンタが登場した。「WIRED」米国版編集長(当時)のクリス・アンダーソンが、著書『MAKERS―21世紀の産業革命が始まる』(NHK出版)で3Dプリンタをフィーチャーして話題になったのが翌2012年。たしかに映画が「半歩先」を行っている。
『〜ゴースト・プロトコル』ではまた、コンタクトレンズ型カメラが大活躍した。装着者はまばたきによってシャッターを切り、その画像データが別室のアタッシュケースに仕込まれたプリンタに無線で送られ、リアルタイムで印刷するというものだが、コンタクトレンズ型カメラについてはGoogleが2014年に特許を取得。Samsung、ソニーもそれに続くかたちで2016年に特許を申請している。こちらも完全に「半歩先」だ。
大事なのは、このガジェットがなければ、イーサン・ハント(トム・クルーズ演じる主人公)たちは、このミッションが本当にインポッシブル(不可能)だったという点であろう。これも、技術の進化によってはじめて成立した「物語」ということに他ならない。現実感と近未来感を完全両立させた、2011年ならではのストーリーなのだ。
ちなみに同作には、当時はまだコンセプトカーだったBMW i8というハイブリッドカーが登場するが、劇中で使われていた機能――フロントガラスに情報が表示されるヘッドアップディスプレイと、歩行者を感知して作動する自動ブレーキ――は、現在発売中のi8にも(映画そのままの機能ではないが)実装されている。