エンタテインメント業界ではしばしば、「携帯電話の登場によってラブストーリーの描き方が変わった」と言われる。
約束の時間に、待ち合わせ場所にやってこない彼女。雪がしんしんと降り続く中、何時間もその場を動かずに待つ彼。しかし日も暮れ、彼は諦めてその場を去る。直後、身内の事故で出発が遅れてしまった彼女が、待ち合わせ場所に到着。しかし、そこに彼はいない。不運なすれ違いをきっかけに、ふたりの心は離れてゆく……。
ケータイの留守電に残すか、LINEで「遅れるね」と一言打てば一発解決の現代において、そんな脚本はもう書けない。というわけで今回は、ITをはじめとした技術革新によって、作品に登場する小道具が変化・進化し、それが「物語」そのものの変革を促した例を考察しよう。
昨今の映画では、ミリタリー系の映画に敵情視察用のドローンが登場したり、普通のアート系ヨーロッパ映画にハンズフリーフォンが登場したりする。そしていずれのシーンも、ドローンやハンズフリーフォンを指して「どうです、スゴい技術でしょう!」とドヤった描写にはなっていない。もはやいずれの技術にも、画面に登場するだけで拍手されるような珍しさ、特別さはないのだ。
ある技術(IT)がドヤ顔の説明なしで商業作品の「物語」に組み込まれたとき、その技術(IT)は――少なくとも認知度の上では――「キャズムを超えた」と言えるのかもしれない。後述する携帯電話、PC、SNSはその代表格だ。
機動警察パトレイバー the Movie Amazonから引用
物語に組み込まれた技術が「半歩先」である場合、絶妙の「近未来感」を醸し出せる。その好例が、天才技術者が作り上げたOSをインストールした作業用レイバー(ロボット型工作機器)が暴走する危機を描いたアニメ映画『機動警察パトレイバー the Movie』だ。本作が公開された1989年、多くの日本人にとって「OS」や「インストール」は、聞いたこともない言葉だった。
一般的な日本人がそれらの概念を正確に理解するためには、少なくとも1995年11月の「Windows 95」発売まで待たねばならなかった。だからこそ『機動警察パトレイバー the Movie』は、1989年時点で十二分に「近未来」感を演出できたのだ。2017年現在、同作とまったく同じプロットの物語を紡いでも、1989年当時に放ったほどの「近未来感」は出せないだろう。
『機動警察パトレイバー the Movie』が優れていたのは、まったく絵空事の技術を物語に組み込んだのではなく、「一般に認知が浸透してはいないが、その時点で存在する技術の延長にある技術」を巧みに織り込み、未来感と現実感を両方とも醸した点である。遠すぎず近すぎない、絶妙の「半歩先」を行ったのだ。