規制や業界慣行を超える"InsurTech"--保険業のデジタル化に日本が出遅れている理由 - (page 2)

増島雅和

2017-05-09 07:00

日本のInsurTechの課題

 InsurTechをめぐり、日本の現場に起こっている課題は重層的な構造をなしており、これが関係者間のアジェンダの共有を難しくしている。以下に日本のInsurTechを推進するために保険業界とスタートアップ業界が共有しなければならないアジェンダを整理してみよう。

 

規制や業界慣行はInsurTechの流れを止めることができない

 保険業界の一部では、保険の規制は厳しく、また従前の業界慣行を踏まえると日本には海外のInsurTechのビジネスモデルは入ってこられないので、脅威にもならないしチャンスにもならないという見方が未だ根強く存在する。しかしこれは完全に誤りである。

 まずそもそも、保険の規制は本質的に保険制度の利便性向上と顧客保護のためにある。FinTech全般と同様、InsurTechはテクノロジを駆使して圧倒的な顧客体験の向上とコスト効率性を提供することを使命として掲げる。保険業法のどこを読んでも既存業者を保護するという目的は見いだせない以上、InsurTechがこの「正しい」アジェンダを掲げて活動を展開すれば、規制が既存の事業者やビジネスモデルの防波堤となることはありえない。

 また、政治力や業界慣習を動員した「抵抗活動」や「様子見」も、無駄に終わるばかりでなく、ビジネスモデルの転換の遅れをもたらし、真に競争すべき相手である、新たなビジネスモデルを引っ提げて日本に進出している海外事業者との競争で致命的な敗北を招くことになる。日本は音楽や動画、書籍などのコンテンツ分野でこのミスを犯し、余剰利益の多くをシリコンバレー企業に明け渡すことになった。この過ちを繰り返してはならない。


 保険業界は、規制は不動のものではないことを、過去の日米保険協議による地殻大変動を通じて身をもって知っているはずだ。ましてや今は、金融庁自身がFinTechを顧客本位の金融ビジネスを展開する手段となりうると位置づけ、規制の革新を後押ししている。

 市場構造が大きく動くときには、先制して動いて試行錯誤を繰り返し、先に答えにたどり着いた者が次のマーケットの覇者になる。その例は枚挙にいとまがない。インターネット業界の歴史や他業態の事例によく学ぶべきだ。

InsurTechを進めるためにはオープンイノベーションが必要不可欠である

 日本のInsurTechの遅れという指摘に対しては、「ウェアラブル端末やドングルを用いた独自の保険商品を開発している」といった保険業界の声が聞こえてきそうだ。しかし、現在保険会社が取り組んでいるクローズドイノベーションのアプローチでは、InsurTechの果実を得ることは難しい。

 第一に、保険ビジネスの本質はリスク引受であり、そのためには多様なデータから価値あるリスク情報を析出することが不可欠である。データには規模の経済性と共に範囲の経済性が働き、大量かつ多様なデータを収集することで有益なインサイトが得られる。多くの非保険分野の企業とオープンな形で提携してはじめて、こうしたあるべきデータ環境が整うことになる。

 第二に、ディスラプティブイノベーション(破壊的イノベーション)は、試行錯誤の上にしか存在しえない。すると、成功のためには、失敗コストが低く、かつ1回あたりのトライアルを可能な限り早く行うことができる体制が必要である。

 しかしこれは大企業のもとでは行うことができない。給与水準とレピュテーション棄損のコストが高すぎ、意思決定に時間がかかりすぎるからだ。これに対し、最も効率的に試行錯誤が可能な組織形態がスタートアップ企業である。すなわち、スタートアップとの協業を実現することがInsurTech戦略を推進するための中核的戦略なのである。

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