ICOの本質は資金調達のフラット化
筆者は、ICOは既存の資金調達手段に対する優位性を持つと考える。なぜなら、ICOの本質は資金調達のフラット化だからである。これは、あらゆる企業、プロジェクト、個人などが、世界中から資金を調達できる可能性が広がったことを意味する。
魅力的なベンチャー企業であれば、出資を希望する投資家が殺到し、従来よりも良い条件で資金を得られるようになるだろう。他方、ベンチャーキャピタルなどの投資家は、単に資金を提供するだけでは、有望なベンチャー企業へ投資することが、これまでよりも難しくなる。投資先のベンチャー企業に対して、資金以外の面でどのように貢献できるのかが問われるようになる。
従来であれば調達が難しかったケースでも、資金を得られる可能性が高まる。技術主導型のベンチャー企業は、これまでは国内のベンチャーキャピタルから投資を受けるのが難しかった。SCHAFT(シャフト)という日本のロボットベンチャーが、国内からは投資を受けられなかった一方、Googleから高い評価を受けて買収されたのは有名な話である。国内では評価する人がいない技術やプロジェクトであっても、海外にはその価値を理解したり、共感したりする投資家が存在する可能性は十分にある。
これは技術だけではなく、ビットコインやイーサリアムのような、運営主体が存在しない分散型アプリケーションのプロジェクトにおいても同様である。従来の投資家であれば、運営主体が存在しないプロジェクトへの投資決定は難しいだろう。しかし、プロジェクトのビジョンに共感する世界中の個人が少しずつ資金を提供すれば、開発に必要な資金が集まる可能性は高まる。
個人がベンチャー企業や新しい技術に少額を投資したり、国を越えて投資したりすることは、送金コストや、投資により得た権利を管理するコストが高く現実的ではなかった。しかし、仮想通貨とブロックチェーンにより、それらのコストは大幅に低下した。誰でもインターネット上で有望と思われるプロジェクトに少額から投資できるようになり、その権利が侵されない仕組みが実現したことによる資金調達のフラット化こそがICOの本質である。インターネットの進化により様々な分野で行われてきたフラット化が、資金調達においても実現しつつある。
日本がICOを推進すべき理由
現在の法規制は、仮想通貨とブロックチェーンによる資金調達のフラット化を想定しておらず、ICOについては慎重な姿勢を示す国が多い。しかし、これまでにインターネットがさまざまな業界に与えてきた影響を鑑みると、今後も多くの領域でフラット化は進展していくと思われ、資金調達だけがその例外と考える理由はない。そうであれば、求められるべきはICOを禁止することではなく、健全なICOを実現するプラットフォームとその実現を後押しする法規制である。
インターネットにおけるプラットフォームの多くは米国の企業が占めており、日本発のものは存在しない。ネットの世界では先行優位性がはたらくが、国内のネット企業は米国企業のビジネスモデルを国内で展開するタイムマシン経営が多く、これまでグローバルで先行してサービスを提供することはなかった。ただし仮想通貨については、日本は諸外国に先んじて関連法を整備することができた。ICOにおいても主導権を取り、日本発のグローバルな資金調達プラットフォームを確立できる可能性があるのではないだろうか。
その恩恵を受けるのも、日本のベンチャー企業や技術者と考えられる。日本のGDPは世界第3位であるが、第1位の米国や第2位の中国と比べて、ベンチャー企業への投資額は桁違いに少ない。徐々にベンチャー企業への投資額は増えてきているものの、その額はまだ十分とは言えない。特にビジネスモデルが見えていない、技術主導型のベンチャー企業は資金調達に苦労している。ICOプラットフォームの成立により、海外から簡単に低コストで日本の技術ベンチャーに投資することができるようになれば、日本の技術開発が受ける恩恵は大きいと思われる。
もちろん現行の法規制などとの兼ね合いもあり、健全なICOプラットフォームの実現は容易ではないだろう。しかし、当局の仮想通貨に対する理解が深く、イノベーションを後押ししているという状況と、日本発のグローバルプラットフォームを生み出す好機が揃うことは滅多にないことを考えると、ICOプラットフォームの構築に挑戦する価値は十分にあるだろう。既存の金融システムの中だけでICOを評価するのではなく、インターネットという技術が金融システムそのものをどのように変えるのかを見極めた上で、ICOへの対応を決める必要がある。
- 小川久範
- 日本アイ・ビー・エムを経て2006年に野村證券入社、野村リサーチ・アンド・アドバイザリーへ出向。ICTベンチャーの調査と支援に従事する。560本以上の企業レポートを執筆し、数十社のIPOに関与した。2016年みずほ証券入社。FinTechについては、米国でJOBS法が成立した2012年に着目し、国内スタートアップへのインタビューを中心に、4年間に亘り調査を行ってきた。2014年10月には、国内初のFinTechに関するレポートを執筆した。FinTechエコシステムの構築を目指す「一般社団法人金融革新同友会FINOVATORS」副代表理事。