Rethink Internet:インターネット再考

夏目漱石と寺田寅彦--サイエンスとアートのハイブリッド的視座 - (page 3)

高橋幸治

2017-12-16 07:30

科学者にも芸術家と同様の編集的な「直感」が不可欠である

 さて、寺田寅彦である。まず、『科学者と芸術家』の中から両者がほぼ同質の意思と態度をもってそれぞれの研究や創作にあたっていることを述べている個所を見てみよう。

 しかし科学者と芸術家の生命とするところは創作である。他人の芸術の模倣は自分の芸術でないと同様に、他人の研究を繰り返すのみでは科学者の研究ではない。もちろん両者の取り扱う対象の内容には、それは比較にならぬほどの差別はあるが、そこにまたかなり共有な点がないでもない。科学者の研究の目的物は自然現象であってその中になんらかの未知の事実を発見し、未発の新見解を見出そうとするのである。芸術家の使命は多様であろうが、その中には広い意味における天然の事象に対する見方とその表現の方法において、なんらかの新しいものを求めようとするのは疑いもない事である。

 また科学者がこのような新しい事実に逢着した場合に、その事実の実用的価値には全然無頓着に、その事実の奥底に徹底するまでこれを突き止めようとすると同様に、少なくも純真なる芸術が一つの新しい観察創見に出会うた場合には、その実用的の価値などには顧慮する事なしに、その深刻なる描写表現を試みるであろう。

 このあと寅彦は、結果として「二人の目ざすところは同一な真の半面である」と書いている。また、科学者と芸術家の双方に求められる資質として「想像力」を挙げ、「論理と解析とで固め上げたもののように考え」られている科学にも、「一見なんらの関係もないような事象の間に密接な連絡を見いだし、個々別々の事実を一つの系にまとめるような」、ある種の編集的な「直感」が不可欠であると説いている。以下はその2つの該当個所である。

 観察力が科学者芸術家に必要な事はもちろんであるが、これと同じように想像力も両者に必要なものである。世には往々科学を誤解してただ論理と解析とで固め上げたもののように考えている人もあるがこれは決してそうではない。論理と解析ではその前提においてすでに包含されている以外の何物をも得られない事は明らかである。総合という事がなければ多くの科学はおそらく一歩も進む事は困難であろう。

 一見なんらの関係もないような事象の間に密接な連絡を見いだし、個々別々の事実を一つの系にまとめるような仕事には想像の力に待つ事ははなはだ多い。また科学者には直感が必要である。古来第一流の科学者が大きな発見をし、すぐれた理論を立てているのは、多くは最初直感的にその結果を見透した後に、それに達する論理的の径路を組み立てたものである。純粋に解析的と考えられる数学の部門においてすら、実際の発展は偉大な数学者の直感に基づく事が多いと言われている。

 この直感は芸術家のいわゆるインスピレーションと類似のものであって、これに関する科学者の逸話なども少なくない。長い間考えていてどうしても解釈のつかなかった問題が、偶然の機会にほとんど電光のように一時にくまなくその究極を示顕する。その光で一度目標を認めた後には、ただそれがだれにでも認め得られるような論理的あるいは実験的の径路を開墾するまでである。

 もっとも、中には直感的に認めた結果が誤謬である場合もしばしばあるが、とにかくこれらの場合における科学者の心の作用は芸術家が神来の感興を得た時のと共通な点が少なくないであろう。ある科学者はかくのごとき場合にあまりはなはだしく興奮してしばらく心の沈静するまでは筆を取る事さえできなかったという話である。アルキメーデスが裸体で風呂桶から飛び出したのも有名な話である。

今後のテクノロジーに対して求められる「美的」な評価軸

 筆者は先に「芸術は世間一般で信じられているほど非論理的なものではないし、科学もまた同様に徹頭徹尾ロジカルなものに立脚しているわけではない」と書いたが、次のくだりはまさに科学ですら芸術に求められる創作性と空想性がその出発点となっているということを見事に表現している。

 ある人は科学をもって現実に即したものと考え、芸術の大部分は想像あるいは理想に関したものと考えるかもしれないが、この区別はあまり明白なものではない。広い意味における仮説なしには科学は成立し得ないと同様に、厳密な意味で現実を離れた想像は不可能であろう。科学者の組み立てた科学的系統は畢竟するに人間の頭脳の中に築き上げ造り出した建築物製作品であって、現実その物でない事は哲学者をまたずとも明白な事である。

 また、一方において芸術家の製作物はいかに空想的のものでもある意味において皆現実の表現であって天然の方則の記述でなければならぬ。俗に絵そら事という言葉があるが、立派な科学の中にも厳密に詮索すれば絵そら事は数えきれぬほどある。科学の理論に用いられる方便仮説が現実と精密に一致しなくてもさしつかえがないならば、いわゆる絵そら事も少しも虚偽ではない。分子の集団から成る物体を連続体と考えてこれに微分方程式を応用するのが不思議でなければ、色の斑点を羅列して物象を表わす事も少しも不都合ではない。

 夏目漱石と寺田寅彦、サイエンスとアートのハイブリッド的視座……。いま私たちは第2四半世紀に突入したインターネットを基盤とするさまざまなテクノロジー群の圧倒的な共進化に日々翻弄されているわけだが、ともすると技術を“驚嘆の強弱”や“実益の多寡”だけで評価してしまいがちである。

 しかし、効率性や合理性だけを是とする時代を通過してインターネットがいよいよ私たちの身体と同期したり生活を統御したりする時代にシフトしつつある現在、テクノロジをいかに美的に評価することができるかが重要になっている気がしてならない。美的な素養も併せ持つ科学者が急速に増加する中、科学を美的に語れる芸術家が少ないのはいささか心許ない現実である。なぜなら寅彦曰く、科学者と芸術家という「二人の目ざすところは同一な真の半面」なのだから……。

高橋幸治
編集者/文筆家/メディアプランナー/クリエイティブディレクター。1968年、埼玉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業後、1992年、電通入社。CMプランナー/コピーライターとして活動したのち、1995年、アスキー入社。2001年から2007年までMacとクリエイティブカルチャーをテーマとした異色のPC誌「MacPower」編集長。2008年、独立。以降、「編集=情報デザイン」をコンセプトに主にデジタルメディアの編集長/クリエイティブディレクター/メディアプランナーとして企業のメディア戦略などを数多く手がける。本業のかたわら日本大学芸術学部文芸学科、横浜美術大学美術学部美術・デザイン学科にて非常勤講師もつとめる。「エディターシップの可能性」を探求するセミナー「Editors' Lounge」主宰。著書に「メディア、編集、テクノロジー」(クロスメディア・バブリッシング刊)がある。

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