展望2020年のIT企業

大手には退場してもらう--多重下請け構造改革に挑む情報戦略テクノロジー

田中克己

2019-05-14 07:00

 日本のソフトウェア産業には、約75万人のITエンジニアがいると言われている。その多くが下請けのソフトウェア開発会社や派遣会社に所属し、元請けの大手が中堅の下請けに、その中堅がさらに中小の下請けに、開発の一部を依頼する多重下請け構造になっている。

 その構造改革に取り組むのが、情報戦略テクノロジーの高井淳代表取締役だ。具体策の1つが自ら1次請けになり、3次や4次の下請け会社を顧客企業の開発現場に派遣する2次請けに引き上げること。下請けのエンジニアの職歴データベース(DB)作りに着手し、効率的な人材配置を実現したり、給与アップなどによる魅力ある職業にしたりもする。

コミュニケーションが成立しないエンジニアをなくす

 高井氏はシステム構築の現場を見て、環境のひどさにショックを覚えたという。3次請けソフトウェア開発会社の採用担当になったとき、コミュニケーションの成り立たないエンジニアが多く、職歴を尋ねても答えられないエンジニアがいる。朝、派遣先の企業に行かないエンジニアがいたり、「引き上げたい」と勝手なことを主張したりするエンジニアもいる。

 「それはまずいだろう」となり、高井氏が顧客企業に謝りにいくと、担当者は「よくあること。新しい人を早く紹介してほしい」と、大した問題と思っていないことに、高井氏は驚く。彼ら彼女らに働ける場所があることを不思議にも思ったという。

 高井氏は「そんな人たちが6~7割いるので、残りの3~4割の人を雇って、エンジニアに育てれば、差別化を図れる」と考えて、就職した3次請けソフトウェア開発会社で実践した。エンジニアのやる気を高めて、能力を向上させるために、評価制度を作ったり、エンジニアの交流をさせたりした。結果、2次請けの仕事が増えていったが、人材育成や制度作りなどをめぐり、「経営者とぶつかり、クビになった」(高井氏)

 高井氏は年商約1億円のソフトウェア開発会社に転職し、ゼロから仕組み作りを始めた。以前の経験を生かし、「多くの案件が1次請けになった」と自慢する。高井氏の営業力だけではない。1次請けの立場で、顧客企業に常駐させたのだ。これまでの1次請けは一括請け負いを求められるが、3次や4次の中小企業に資金調達も難しい。そこで、顧客のIT部門ではなく、業務部門と契約を結び、1次請け常駐派遣の方法を考えたという。

 それを可能にした背景がある。業務部門がIT部門に、例えばECシステムの構築を依頼すると、企画力も開発力もないIT部門だったら、1次請けの大手に丸投げする。結果、開発のコストも期間もかかり、期待したシステムになっていないことがある。開発の優先順位を下げられることもあるだろう。そこで、同社はエンジニアを業務部門に送り込み、一緒にシステム構築を進めることを提案する。顧客に確認しながら、その場でシステムを作り上げる、まさにアジャイル開発の手法だったという。同社の売り上げは順調に拡大するが、ここでも経営者とぶつかり退職する。

 「ならば、自分で起業しよう」となり、高井氏は2009年1月に情報戦略テクノロジーを設立する。顧客に常駐する1次請けとし、「お困りのことはないですか」と電話などによる顧客開拓を始めた。そのテレアポ要員を15人配置し、ゲーム系ベンチャーなど数十社の顧客を獲得する。10人程度を派遣する顧客も5社になり、同社社員は現在、約180人(エンジニア120人、営業30人、間接30人)で、協力会社も多くなったという。売り上げも2018年度(12月期)に約27億円、2019年度に37億円を見込むまで成長する。2019年に入り、顧客数拡大から顧客1社当たりの取引額を増やす事業に切り替えるため、新規獲得のテレアポ要員を1人にし、大企業への営業を強化し始めている。広報担当を配置し、同社の取り組みを世の中に紹介もする。

エンジニアの職歴DB構築の狙い

 情報戦略テクノロジーは、2019年2月からエンジニアの職歴DB作りを始めた。登録するエンジニアはフリーランスではなく、企業に所属するエンジニアで、彼ら彼女らを直接、顧客の業務部門とつなげるためだ。登録は2019年4月末で約1200人に、年末までに1万2000人に増やす予定。

 3次や4次のエンジニアの中から、高度IT人材に育つ素地のあるエンジニアに成長の機会を提供することもDBの狙いにある。例えば、3次請け時代の人月単価60万円を100万円に引き上げるとともに給与をアップする。ソフトウェア開発に人材を集める策でもある。

 エンジニアDBに加えて、「未来マッチング」と呼ぶ営業手法を導入する。顧客への派遣期間は3カ月や6カ月になるので、その契約が切れる1カ月前に次のプロジェクトを見つけ出しアサインするもの。稼働率を上げるとともに、スキルなどからよりマッチするプロジェクトに参画させて、「単価を上がて、スキルもアップさせる」(高井氏)

 「大手には退場してもらう」と高井氏は真顔で語る。メインフレームからクラウドへの移行がIT産業の構造改革を加速させると見て、中小のエンジニアが生涯活躍できる環境を整えている。例えば、40代でもエンジニアとして続けられるよう、グループ企業内に転職し、スキルアップや年収アップを可能にする仕組みを考えているという。顧客から言われたものを作る下請けから、顧客と対等な関係でシステム作りに取り組む“プロ”への意識変革も求められるだろう。経済産業省も2018年9月に発表した「DXレポート」で、エンジニアの平均年収を今の約600万円を2025年までに倍の1200万円にすることを提案する。同社の真価も問われるだろう。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任し、2010年1月からフリーのITジャーナリストに。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書に「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)がある。

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