リテール金融におけるITの戦略的活用 - (page 4)

A.T. カーニー論考 安茂 義洋

2015-03-16 06:00

ITの戦略的活用の方向性

 では、金融機関が、ITを駆使した革新的サービスで異業種に対抗し、他の金融機関と差別化するためには、どうしたらいいのだろうか。欧州の金融機関の取り組みからは、複数金融機関の連携、複数チャネルの融合という二つの方向性が示唆される。

複数金融機関が連携して先進サービスを開発

 英国では、「Paypal」や「Square」のような異業種の決済サービスへの対抗を標榜して、複数の銀行が連携して新サービスを開発している。Payments Councilは、36の大手金融機関を中核メンバーとする決済手段の研究、開発のための団体であり、24時間365日リアルタイムで即時決済するインフラや、銀行間口座移動サービスなどを開発してきた。

 さらに直近ではPaymという携帯電話番号の指定で個人間送金が無料で行えるサービスを開発している。また、VACALINKは、18の銀行の共同出資した英国の決済インフラ会社であり、Zappというスマートフォンをデビットカードのように使えるサービスを開発した。

 これらのサービスを、金融機関が連携して開発・導入するのはなぜだろうか。そこには、金融機関共通の目的として、次のような点があると考えられる。

  • 異業種から顧客接点を防衛できる
  • 顧客が求める金融サービスを提供することでロイヤルティを高められる
  • 情報セキュリティについて金融機関は顧客の信頼を得やすい
  • インフラを共通化することでコストを低減できる

 異業種を排除して土俵を固めて、その上で金融機関はマーケティングで競争するという考え方である。既存口座と決済インフラをもつ金融機関同士が連携すると、サービス品質面では圧倒的に優位であり、価格戦略次第では異業種が参入するすきがない。実際にPaymなどは現時点では無料でサービスされているし、英国では個人間決済が24時間無料で利用できる。

 また、PaymやZappのような革新的サービスは、一般的には先行者に利得がある。サービスが普及し認知されると、後発の金融機関からプラットフォーム利用料を得られる可能性がある。Paymなどのサービス自体が、将来に有料化できるかは不透明である。

 インターネットバンキングのように金融機関の必須サービスとなり、競争条件が底上げされるだけで、新たな収益源にはならないかもしれない。そうした状況においても、最初に共同開発に手を挙げた金融機関は、プラットフォーム事業として収益化する可能性がある。

 実際にそうした事業化に成功した例もある。ベルギーのIsabelは、1995年に4つの銀行が共同出資でつくった複数銀行の口座を統合管理できるファームバンキングのプラットフォーム事業だ。先述のPFMとサービスコンセプトは類似するが、中小、中堅企業をターゲットにしているため、電子請求書との連動、統合基幹業務システム(ERP)や会計パッケージとのデータ連携などの機能があるのが特徴だ。

 このサービスは顧客に広く受け入れられ、Isabelはその後に展開地域を18カ国に広げ、プラットフォームを利用する金融機関は30を超えている。システムの開発、保守運用、ヘルプデスク、カード配布などの業務を受託して、売り上げは年6%のペースで着実に拡大し続けている。投資余力のある複数金融機関が連携してサービスを開発し、異業種を排除するとともに、業界の標準サービスに育て上げ、後発組からプラットフォーム収入を得ているのだ。


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