展望2020年のIT企業

増える日本版MaaSのPoC--実用化への道のりは

田中克己

2019-10-10 07:00

 日本版MaaS(Mobility as a Services)のPoC(実証実験)が全国各地で始まっている。鉄道やバス、タクシー、トラックなどの移動・輸送事業者らに加えて、IT企業やスタートアップがそれらに参画する。都市や地方など各地域におけるヒトやモノの移動をシームレスにするため、MaaSプラットフォームを手がけるもの、MaaSアプリを開発するもの、さらに快適な生活をおくる街作りを視野に入れた企業や団体が生まれている。

 2019年11月に設立したMaaS Tech Japanはその1社で、複数のモビリティーサービスと利用者をつなぐMaaSプラットフォームの開発に取り組む。

MaaSプラットフォーム事業を手がけるMaaS Tech Japan

 MaaS Tech Japan(MTJ)が9月、国土交通省と経済産業省が推進する「スマートモビリティーチャレンジ」の1つである北海道上土幌町のMaaSプロジェクトに参画すると発表した。行政面積約700平方キロメートルに約5000人が住む同町は、高齢者などが買い物や通院に利用する移動手段の確保に頭を痛める。マイカー以外で来訪した観光客が観光地や飲食施設へ移動する手段も限られている。もちろん循環バスはあるが、財政負担増や運転手不足などの課題がある中で、いかに移動コストを小さくし、少ない運転手で、より多くの住民や観光客らの移動を可能にする方法を模索してきた。

 そんな効率的で利便性の高いモビリティーサービスを求める上土幌町は、MTJのMaaSに関する知見・技術とSBドライブが提供する自動運転車両の運行管理プラットフォームなどを組み合わせて、自動運転車両による移動販売とMaaSアプリによる観光施設への移動最適化のPoCを10月に実施する。MTJはこうしたPoCなどから得たノウハウを生かして、MaaSプラットフォームの事業化を目指す考えだ。

 MTJによると、モビリティーサービスは速達性や輸送量、定時性や着席可否、料金、乗車制約などさまざまな特性を持っている。しかも、時空間的、輸送モード間に障壁がある。鉄道やバス、タクシーなど分割されているモビリティーサービスを仮想的に1つとみなす概念がMaaSだという。そんなモビリティーサービスのデータとサービス利用者のデータを連携し、移動をシームレスにしたり、新しい価値を生み出したりすることでもある。

 そこに標準化した行政のオープンデータを活用すれば、より効果を高められる。その代表例の1つが、フィンランドのMaaS Globalが2016年に開発した電車やバスなどの交通手段を使って目的地までの最適なルートを検索し、予約から決済までを完結するMaaSアプリだろう。月額499ユーロの乗り放題などのプランもある。

事業化の課題は収益モデルの確立に

 東京工業大学を卒業後、2005年にJR東日本に入社したMTJの日髙洋祐代表取締役CEO(最高経営責任者)はそんな移動の最適ルートを見つけ出す研究開発などに取り組んできた。例えば、台風の影響でダイヤが大幅に乱れる中で、利用者一人ひとりの目的地への最適ルートを探し出し、移動を支援するサービスだ。その際の移動手段は鉄道だけではない。バスやタクシー、自動車や自転車のライドシェアサービス、徒歩などもある。「そんなas a Serviceの開発は大企業よりも、何のしがらみのない中立的なところで、自由度高くやったほうがいい」と決断し、MaaSプラットフォームを開発するためにJR東日本を飛び出したという。

 日高CEOが考えるMaaSプラットフォームとは何か。巨大なデータセンターを構築し、ヒトやモノの位置を含めた情報を取得するGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)のようなプラットフォーマーではなく、「システムとして多様なサービスの実現や全体コストを下げる効果のあるもの」(同社広報)という。分かりやすく言えば、都市や地方など地域ごとの社会課題を解決するモビリティーサービスを作り上げること。それらの連携もさせる。さらに運用や開発のコストを下げるために、必要なアプリを開発する支援ツールやシステムも提供する。先の上土幌町はそれに近いように思える。

 アプリ開発支援の一例もある。MTJは、日本マイクロソフトが8月に発表したユーザー認証やサービス連携などモビリティーサービスに必要な仕組みを提供するMaaSリファレンスアーキテクチャーの開発に協力した。それを使えば、アプリ開発会社はアプリ開発の期間短縮とコストを大幅に下げられる。リソースもアプリ開発に集中できる。

 MaaSへの期待は高まっている。人口減少が急速に進む日本で、ヒトやモノの移動をより活発化させたい地域が増えていることもある。いまだに解決できない交通渋滞や通勤ラッシュの解消もある。だが、ヒトが外出した時に目的地までの移動を支援するオンデマンドのサービスは、単一の移動事業者だけで対応できるものではない。複数のサービスをシームレスにつなぐことが求められる。そんなビジネスの事業化を支援し、移動事業者からプラットフォームの利用手数料や広告宣伝なども収益源にする。その確立時期がMaaSビジネスの本格稼働になるだろう。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。

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