山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」

東南アジアに連れ去られる中国人プログラマー--甘い話に乗せられた“技術黒奴”の現実

山谷剛史

2019-10-11 07:00

 中国でプログラマーをターゲットにした新手の詐欺が話題になっている。フィリピンやカンボジアやミャンマーなど東南アジアに連れ去られてしまうというものだ。

 前提として、中国でプログラマーは花形職業であると同時に、残業が多くハードワークである。2019年の前半にはトレンドワードとして「996」という言葉が挙げられた。これはIT業界の特に大手企業において、朝9時から夜9時まで週6日働くブラック労働が常態化していることを意味する。トレンドワードになるほど多くのIT業界勤務者がブラック労働ぶりを嘆き、さまざまな書き込みを行っていたが、時の阿里巴巴(Alibaba)会長の馬雲(ジャック・マー)氏は「働けるのは良いことだ」と語るなど、業界各社は改善しようという風潮にならなかった。

 そんな社会背景での詐欺だ。まずヘッドハンティング会社を名乗るところが中国のプログラマーに対し、フィリピンやカンボジア、ミャンマーなどの東南アジアで、収入が高くてちゃんと休めるプログラマー案件のオファーを送る。もう今の企業でブラック勤務しなくていいのだと、オファーを受けたプログラマーはあまり考えることなく飛びついてしまう。

 しかし実際は、現地の空港に到着して出迎えの人と会うや否や、早々に連れ去られてパスポートを奪われてしまう。連れていかれた先は賭博サイトの運営企業で、そこで賭博系ゲームの開発をすべく、「996」以上に過酷な体勢で労働を強いられることになる。当初言われていた高収入の話も、そこから非常に高額な生活費が差っ引かれ、ものすごく低い金額しかもらえない。

 24時間監視された状態でスマートフォンも触ることも許されず、週に半日しか休めない。ヘッドハンティングで言われた「ちゃんと休める」というのも嘘だったのだ。裏社会なので逃げようものなら暴行を受けかねないし、違約金を支払わなければならないなど高いリスクを伴う。カンボジアなどでやむなく働く中国人プログラマーを「技術黒奴」というが、「技術」「ブラック」「奴隷」を合わせた言葉で、なるほど分かりやすい。

 オンラインの賭博ゲームだけではない。恋愛サービスに登録されているユーザーにはサクラが多く、彼女らも同じくだまされて東南アジアのそうしたブラックな勤務地で働いているという。彼女らは厳格な監視下で遠距離恋愛の恋人を演じ、男性からお金を巻き上げる。送金は微信支付(WeChatPay)や支付宝(AliPay)などのキャッシュレス払いだから海外にいようと中国国内と同様の感覚で行える。

 こうしたブラック産業の背景には、中国本国では賭博が禁止されていて、かつ、特にカジノ産業が盛んなフィリピンでは、外資を得る手段として中国人同士がだまし合う現状を黙認しているということが挙げられる。中国メディアの新京報によれば、これまでに500人以上がこの詐欺に遭い、合計して1億3000万元(約20億円)をだまされたとしている。「プログラマー 詐欺 東南アジア」に相当する中国語で検索すると、被害報告のブログを多数確認できる。こうした状況から、大手中国メディアも「東南アジアでゆっくり働き高収入」という詐欺に注意喚起する記事を掲載している。

 フィリピンやカンボジアで中国人プログラマーに関する事件のニュースもしばしばあるが、彼らにはそんな背景がある。

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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