システム構築を事業の中核とする多くのIT企業にとって、新規事業の創出は大きな課題になっている。ユーザー企業を取り巻く環境は急速に変化し、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などの先端技術を駆使するDX(デジタル変革)を進めようとしている。そこに大きな機会がある。
そんな中で、電通国際情報サービス(ISID)が2020年2月、社内のAI人材(約40人)を集めたバーチャル組織「AIトランスフォーメーションセンター」を新設した。先端技術を活用した新規事業の創出を担う「X(クロス)イノベーション本部」(2019年7月に設置)に続くものになる。
取締役 副社長執行役員の上原伸夫氏は「個人の気持ち」と断った上で、「企業全体のバリューチェーンをもたらすDXに対応するには規模がいる」と言い、既存事業の強化に加えて、新規事業や自社商品などによって、現在の3倍程度に規模を拡大させたいという。その有効策の1つが、研究開発や合併買収への投資額を増やすなどして新規事業の創出を加速させることだ。
電通国際情報サービス 取締役 副社長執行役員の上原伸夫氏
3年間に合併買収に100億円、研究開発に100億円を投入
ISIDの2019年度(12月期)業績は、売上高が前年度比10.6%増の1006億円、営業利益が同22.3%増の100億円と増収増益。最も業績拡大に貢献したのは、電通グループ向けなどのコミュニケーションITセグメントで、売り上げが23.1%増の267億円、営業利益が33.4%増の46億円強となり、総売上の約25%、総営業利益の半分弱を占めた。基幹システムの更新や住宅エコシステムの構築など電通との協業ビジネスが売り上げや利益を大きく伸ばしたという。
その一方で課題が見えてきた。企業のDX化への対応だ。ISIDは、例えば製造業ならCADシステムなどのエンジニアリングプロセスといったニッチな領域に強みを持っている。一方で自動車のCASE(Connected、Autonomous、Shared&Services、Electric)やスマートファクトリーなどの新たな需要に応えることも求められている。金融業では、銀行への依存度が高く、保険やリース、事業会社などへ顧客層を広げたい。
そこで、新規事業の開拓に向けて、2019年1月から2021年12月までの3年間で合併買収に100億円を用意する。2019年にはFinTechベンチャーなどを支援するFINOLABを三菱地所と、不正検知サービスなどを提供するACSiONをセブン銀行と、それぞれ共同出資で設立した。自動車向けSI(システムインテグレーション)事業を展開するスマートホールディングスや、スマートファクトリーに強いFAプロダクツに出資するなど、合わせて8社超に23億円を投資した。
研究開発にも同じく3年間で100億円を確保する。新規事業を担うXイノベーション本部に約80人を配置するなどし、これまでに訪日外国人向け観光型MaaS(Mobility as a Service)「くるり奈良」、マグロ職人の目利きをAIで再現する「TunaScope」、農産物の価値をブロックチェーンで保証する「SMAGt(スマッグ、SMart AGriculture Traceability)」などを立ち上げた。これからは地方創生や専門技能のデジタル化、農産物の海外展開を支援するもの。さらに、新規事業のアイデアを社内で募り、コンテストを実施した上で可能性のあるものを支援する制度もスタートさせる。
研究開発費の中には、自社商品の拡充も含まれている。特に人事管理の「POSITIVE」や連結会計の「STRAVIS」、さらに自前の開発基盤「aiuola」で開発した会計ソリューションの機能強化を図り、SAP ERPのシステム更新などの需要も見込む。ちなみにPOSITIVEは60億円弱、STRAVISは約30億円の売上規模に達する。
従業員(連結)も3000人弱になったISIDは、2020年度に前年度の1.8倍となる約180人の増員計画を練る。これら人材育成・獲得にも3年間で120億円を拠出し、DX時代に備えた組織から商品、人材の体制を整えていく計画だ。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。