「SI業界が変わる絶好のチャンス」――。ある有力IT企業の経営者は新型コロナウイルスの収束後、SI(システムイングレーション)を展開するIT企業を取り巻く環境が一変すると予想する。システムを作るから価値を生み出すことへ目的が変わり、顧客に言われた通り作り続ける多重下請けの受託型・派遣型の人月ビジネスが崩壊するということだろう。
そのため、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、アジャイルやデザインシンキング、DevOpsなど、新しい開発手法を取り入れる。技術者はプロジェクトごとのチーム編成に加われるよう、ユニークなスキルを磨き上げる。そんな“アフターコロナウイルス”の新世界を探る。
デジタルが風景を一変させる
安部首相が新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として、小中高校に3月2日からの臨時休校を要請した。突然のことに教育現場や保護者から不満や不安の声が次々に挙がる一方で、オンライン学習への関心が急速に高まっている。それに応えるように、教材コンテンツ会社やIT企業が国語や理科、算数などのデジタル教材の無償提供を始めた。自宅で学習する「NHK for School」を活用すれば、生徒はいつでも、どこでも学べる。こうした新しい学習が学校教育に大きな変革を迫ったり、教員のスキルを問うたりすることも考えられる。
SI業界も新型コロナの収束後、ビジネス形態が一変するだろう。システムを作ることが目的だったIT企業に、顧客の収益や新規ビジネスの創出などに貢献するサービスの提供が求められる。それが、顧客がパートナーを選ぶ理由の1つにもなる。顧客にDXの重要性を説くIT企業自身がデジタル化を取り入れなかったら、誰もデジタル活用の実績を信用しないだろう。ITを駆使した社会課題の解決になれば、その傾向はますます高まる。
ところが、「顧客の要望に応えるのが当社の役割なので、デジタル化に取り組むかは関係のないこと」と言い張り、クラウドもテレワークも導入しないIT企業は少なくない。実は、SIビジネスを展開する有力IT企業を会員にする情報サービス産業協会(JISA)が、2013年11月に「テレワークの割合を2020年までに20%を目指す」と宣言し、「顧客先常駐の就労形態から、時間と場所にとわれない働き方への移行」を示唆した。
だが、テレワークを導入した会員企業は何社あるのだろう。当時の宣言書には、「少子高齢化の傾向が続く我が国において、2020年までの視点に立てば、従来の働き方の見直しが進むのは当然」としたが、JISAの原孝会長は「多くの会員が20%に達していないだろう」と悔しそうだ。しかし、「新型コロナがテレワークせざるを得なくする」と期待もする。
もちろん、20%以上を達成したJISA会員や有力IT企業はいるだろう。半面、顧客先や大手IT企業に技術者を常駐派遣する中堅・中小IT企業のテレワークは容易なことではない。大手ITベンダーの子会社幹部は、「従業員は比較的容易に在宅勤務にシフトできるが、派遣などパートナーの技術者は契約条件によって、すぐにはシフトできない」と明かす。テレワーク環境を整備する資金の問題もある。
そんな中小IT企業がテレワークに移行するには、元請けの大手IT企業が顧客に契約見直しを求める。認めない顧客の案件は断る。そんな覚悟もする。財力のある元請けは下請けに対して、移行コストを負担したり、技術者の教育を支援したりする。機密情報を扱うなら、シンクライアント端末の導入など、高度なセキュリティ対策を実現する。万一開発拠点が使えなくことを想定し、オンライン会議を自社の拠点から在宅、顧客へと広げる。
一方、中小IT企業は自社の技術力や得意技を明確にし、唯一無二の存在にもなる。大手1社への依存度を可能な限り小さくするためでもある。10年も20年も前から言われていることだが、リーマンショック以上の厳しい経営状況を予測し、大手や顧客との関係を改める。個々の技術者も自立し、オンライン学習などを活用し、スキルを磨き、プロジェクトごとのチーム編成に加われるようにする。フリーランスで活躍できる力でもある。