山谷剛史の「中国ビジネス四方山話」

企業による従業員への監視強化に抵抗する中国の人々

山谷剛史

2022-07-28 07:00

 「オフィスのテーブルにカメラがあり、従業員を監視している」。オフィスの天井からテーブルにケーブルが伸び、ネットワークカメラが従業員を監視するように設置されている。それも部屋に1個ではなく、等距離に10個はあろうカメラが天井から吊るされている。

 これは、深センのあるゲーム開発会社が機密情報を外部に漏らさないための対策だった。カメラは開発者の作業スペースを捉えていて、画面の様子もよく見えるようになっている。「監視カメラで威圧するよりも、(PCの動作を追跡・記録する)常駐サービスで監視する方がまだましだ」といった意見もあった。とはいえ、金融機関や貴重品を取り扱う修理店、貴金属の加工店などでも同様の監視体制を取っている。ゲームの開発現場としては異様な光景だったため、多数の反響があったものの、これまで全くなかったわけではない。専門家も「法律的に問題はないが、プライバシーの保護には注意が必要だ」というコメントにとどまる。

 職場や会社での行き過ぎた監視については、しばしば話題になる。例えばこんな話もあった。

 2022年5月、北京市で新型コロナウイルス感染症が拡大する中、ゼロコロナ政策によって在宅勤務を強いられた。尚徳という企業では、北京市で在宅勤務するスタッフに対し、5分に1回の頻度で撮影する機能が入った監視ソフトのインストールを強制した。同社は、食事休憩など労働時間外については監視しないとしているが、「これではトイレにもいけない」と不満に思った従業員がSNSで告発して明らかになった。

 家電販売チェーンの国美電器は2021年11月、社内ネットワークで「抖音」(TikTok)や音楽アプリなどのエンタメアプリを過度に利用した従業員をさらし、懲罰したことがある。4日間のトラフィックを抜き打ちで検査し、11人の従業員が業務と無関係なアプリで10GB以上を利用し、懲罰の対象となった。同様の対策では、勤務中のサボり対策で5分に1回のペースで画面のスクリーンショットを取得させたり、勤務後にその日のスマートフォンの使用履歴を確認するため、使用アプリの履歴が分かるバッテリー消費レポートをさせたりする企業もある。

 スマートデバイスを活用するケースもある。健康のために着席時の心拍数や呼吸数、姿勢、時間などを記録するスマートクッションが販売されており、これを企業が従業員のサボり防止のために導入したという疑惑があった。後に、これはスマートクッションを開発した杭州荷博物聯科技のテストデータを取得するためであって、従業員の監視のためではないと弁明している。しかし、一部の従業員はなお警戒を強めている。スマートウォッチを活用して勤務時の監視を行った企業もあった。

 このように企業の監視に人々はナーバスだ。勤務中にECサイトで買い物をしたり、スマートフォンをいじったりすることを容認する企業も多数ある一方で、行き過ぎた監視については内部告発がしばしば行われている。この1年でも目立った告発が幾つかニュースとなり報じられた。これほどまでに敏感になるのは、従業員のサボりが目立ち、経営者や管理職、人事部がそれを是正するために過剰なまでに監視を強化している側面もある。

 中国には「上に政策あり、下に対策あり」ということわざがある。Windowsのシステムアップデート風の画面にワンクリックで切り替えられるサービスや、人工知能(AI)を使って人の接近を認識して自動で画面を切り替えるサービスが開発されたこともあれば、「せめてデスクを自分色にしよう」と徹底的に飾り立てる動きもある。こうした話は中国でウケがいいのか、よく話題になり、時にちょっとした流行になる。

 社内での監視の目や個人情報の漏えいについては神経質なのに、行政の情報漏えいや監視体制については受け入れている人々が多い。先ごろも10億人分の個人情報が闇サイトで販売されるという中国でも最大級の漏えい事件があったが、国内でそうした話は報じられていない。グレートファイアウォール(GFW)によるネット規制の壁を越え、そうした情報を目にしている人々もいるはずなのだが、どうにも反応が薄いのが現実だ。

山谷剛史(やまや・たけし)
フリーランスライター
2002年から中国雲南省昆明市を拠点に活動。中国、インド、ASEANのITや消費トレンドをIT系メディア、経済系メディア、トレンド誌などに執筆。メディア出演、講演も行う。著書に『日本人が知らない中国ネットトレンド2014』『新しい中国人 ネットで団結する若者たち』など。

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