沿海部の平均賃金が高くなって、かつてのようにローコストの労働力(その多くが地方出身の若年労働者)を簡単に確保することが難しくなった受託製造企業が、内陸部に拠点を開設するという動きは何年か前から進んでいた。アップル製品をつくるフォックスコンの工場も、新しいものは四川省成都などにできている。
この製造拠点の移行や新設は、企業側だけでなく従業員にも新たな恩恵をもたらしている。たとえば、前掲のビデオに出てくるクァンタの女性従業員(HPのコンピュータを組み立てる重慶工場に勤務)のように「週に2日とれる休みには、近くにある実家に帰ることが多い」といったものだ。また、かつて上海にあるフォックスコンの工場で働いていたが、故郷に帰ろうとすると、その旅に25時間の列車の旅を余儀なくされるということで、もっと実家の近くにあるクァンタの工場に移ったという別の従業員の例なども紹介されている。
また企業側の考えについては「組み立てラインを改善して、製造の各プロセスにかかる時間を一秒ずつ短縮できたとしても、従業員が三カ月ごとに入れ替わっていたら意味がない(その影響が製品の品質に表れる)」といった趣旨のHP幹部のコメントも出ている。
「最低でも週60時間は働きたい」という従業員
フォックスコンでは今年に入って2度大幅な賃上げを発表。また、週に最大で49時間という中国の法律で定められた労働時間を遵守する方針も明示し、「残業がなくなって実質支給額が減った」という不満が従業員から出るのを回避しようとした。この措置によって、なかには賃金(単価)が最大で50%増という例もあったという。
ところが、人間というのはなかなか厄介なもので、今度は一部の労働者から「もっと働かせろ」という不満の声もあがっているという。NYTの記事にはフォックスコンの重慶工場で働く従業員の「残業も含めて週に60時間以上は働きたいが、今では上限が設けられてしまった」という声、それに実家近くのクァンタの工場に移った前述の男性の「週に80時間は働きたいと考えている」という声などが紹介されている。
なお、この男性はフォックスコンにくらべて少し賃金の安いクァンタの工場に移ったこと、それに残業時間が減ったことなどで、手取りが以前の約3分の2になってしまい、その穴を埋めようと仕事以外の時間にはオンラインゲームをしているという(ただし、それでお金が稼げているかどうかについての具体的な記述はない)。いずれにしても、若者とはいえ「一家の家計の担い手」となっている従業員にとっては、この残業時間制限は深刻な問題と想像できる。
「椅子の変化」が象徴する従業員の待遇改善
NYTの記事の冒頭では、従業員が組立ラインで座る椅子のエピソードが紹介されている。