「リバース・イノベーション」とは何か
「リバース・イノベーション」とは、先進国の企業が新興国で成功するためのイノベーションの方法論のことで、米ダートマス大学のVijay Govindarajan氏が同名の書籍の中で提唱しているものだ。Vijay曰く(P331)、
「途上国で自社が成長していないなら、それはまったく成長していないということだ」
これは、必ずしも全ての産業で当てはまるものではないが、成熟市場の成長が鈍化する中で新興国の成長を取り込むことの重要性を否定するものはいないだろう。
では、どうするか。成熟市場において成功した製品をもとに、現地ニーズに合わせてカスタマイズし、製造コストを下げるために多少機能を落として持ち込む。これならば、これまでの投資や自社のコンピタンスをそのまま活かせるから、競争優位を確保できる可能性が高い。
しかし、Vijayはそれでは失敗するという。なぜならば、新興国で求められるのは「70%の性能を70%の価格」で提供することではなく、「50%の性能を15%の価格」で提供することであるからだ。そして、それはもはや既存製品のカスタマイズで済むレベルではなく、一から設計し直すしかないのである。
Vijayが力説するのは、新興国が先進国と同じ発展形態を取るものではないこと、故に先進国での成功モデルを持ち込んだところでうまくはいかないということだ。新興国のニーズを捉えるためには、全くの白紙から現地発のイノベーションを実現することが重要であるという。これをVijayは「リバース・イノベーション」と呼ぶ。成熟市場発のイノベーションを新興国へ持ち込むのではなく、新興国でイノベーションを起こし、それをグローバルに展開するという発想である。
「イノベーションのジレンマ」との相似性
「リバース・イノベーション」の議論は、Clayton Christensen氏の「イノベーションのジレンマ」を想起させる。「イノベーションのジレンマ」とは、大企業が既存顧客のニーズに応えようとする余り、まだ収益に貢献しない新しいニーズに対する投資を怠り、新興企業に市場を奪われるというものだ。
ここで「既存顧客」を「成熟市場」に、「新しいニーズ」を「新興国市場」と読み替えれば、「リバース・イノベーション」の議論となる。つまり、成熟市場を向いたまま新興国のニーズに応えようとしても、新興企業に新しい市場を奪われるばかりか、気が付けば自らの市場そのものも荒らされかねないということだ。
「イノベーションのジレンマ」が特定の市場内での議論に留まっていたものが、経済がグローバル化した結果、「リバース・イノベーション」においては、そこで取り上げられていた課題が市場間の議論へ発展したものであると捉えることが出来る。
「イノベーション」の本質
企業は自らの先進性を訴えるために「イノベーション」という言葉を多用する。自戒の意味も込めて言うが、それは単に研究開発投資の金額を増額したり、そのための人材を増やしたりすることによっては全くもって不十分である。
「イノベーションのジレンマ」、そしてそれがグローバル化した概念である「リバース・イノベーション」の議論を通じて言えることは、今までの延長にはないイノベーションの仕掛けが必要であるということだ。「イノベーションのジレンマ」を解決するためには、収益性が低く、既存製品とカニバリゼーションを起こすような領域に対し投資を出来る仕組みを組織的に実現する必要性がある。一方、リバース・イノベーションにおいては、成熟市場での成功モデルを捨て、新興国で一からイノベーションを起こす仕組み作りが求められる。
いずれも、投資金額の問題ではなく、現在の収益を上げるための仕組みを否定するような判断と行動を許容し、それを発展させる仕掛けを作るということである。つまり、イノベーションを促進するために投資金額をXX%増やしますというような綺麗ごとでは済まない。「イノベーション」とは、言うは易し、行うは極めて難い。しかし、それを成し遂げるに十分な動機と実行力があれば実現できる。少なくとも成熟市場である日本には、その動機は十分備わっているはずだ。
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飯田哲夫(Tetsuo Iida)
電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。