「テクノロジを作っても、それを受け入れる人間の方が変わらなければ効果は出ない。せっかくコミュニケーションを電子化しても、組織体制が昔のままで決済のステップ数が変わらないとか、定期的に更新する複雑なパスワードをポストイットに書いてディスプレイに貼っているとか。何のためにテクノロジを導入するのか、本気で考えなければいけない」。
慶應義塾大学 政策・メディア研究科 特別招聘教授 夏野剛氏
3月17日、「ガートナー エンタプライズ・アプリケーション戦略&アプリケーション・アーキテクチャ サミット2017」のゲスト基調講演に、慶應義塾大学の政策・メディア研究科で特別招聘教授を務める夏野剛氏が登壇。「ITが及ぼした社会構造変化と日本企業の展望」と題して講演した。
夏野氏は冒頭、「失われた20年」について解説した。この20年間、テクノロジは進化した。このことは誰もが知っている。しかし、「テクノロジの進化が経済価値にしてどれだけのものをもたらしたかについては、真剣に考えた方がいい」(夏野氏)と警告する。
この20年間、人口はほとんど変わっていない。国内総生産(GDP)もほとんど変わっていない。つまり、1人当たりの生産性は変わっていない。「この20年間の努力は、何ももたらしていない」(夏野氏)
一方で米国は、この20年間に人口も20%増えているが、GDPが130%成長した。ドイツも34%成長した。1人当たりのGDPのランキングでは、日本はOECD加盟国中20位で、先進7カ国中で最下位だ。
「日本の生産性がこれだけ相対的に下がっていることについて、なぜかをもっと考えなければいけない。そもそもIT革命の解釈をわれわれは間違えていたのではないか」(夏野氏)
技術を受け入れる人間側が変わらなければ効率は上がらない
IT革命というと、第1に効率の革命と言われてきた。例えば、EC(電子商取引)のように、ビジネスのフロント機能がインターネットに展開するといった具合だ。ところが、現実にはおかしなことが起こっているという。
「ネット通販を宅配便で配送する負荷が高いことが、あたかも社会問題であるかのように話題になっているが、あれは単にヤマト運輸が“ブラック企業”だったというだけの話。経営層が現状の契約を結んでしまったのが問題なのであって、Amazonが悪いわけではない」(夏野氏)。運送料の値上げについても「民間企業同士がビジネスの交渉をしているだけ。新聞が報道するようなことではない」と指摘する。
効率の革命では、紙の電子化などによって、コミュニケーションのスピードも飛躍的に向上した。ところがここでも問題が起こっているという。「20年前と組織が変わっていなかったら、効率は変わらない。文書を電子化するだけでなく、役職階層を3階級くらいにスリム化しないとだめ」(夏野氏)