ITは「ひみつ道具」の夢を見る

人間をデザインせよ--ITとゲノム編集 - (page 4)

稲田豊史

2017-08-19 07:00

 実はゴルゴについては、少しばかり語りたいことがある。彼は完璧を絵に描いたようなスーパー狙撃手で、本名や国籍をはじめ、出生や来歴についてはすべてが謎に包まれているが、(おそらく)デザイナーベビーではない。そんなゴルゴはある時、旧知の依頼人に「一流のプロの条件とは?」と聞かれて、こう答えるのだ。

「……10%の才能と20%の努力……そして、30%の臆病さ…… 残る40%は……“運”だろう……な……」(第66巻「ロックフォードの野望(謀略の死角)」より/1984年11月作品)

 これが、テクノロジの権化たるデザイナーベビーを生身でねじ伏せたゴルゴの信条だと思うと、実に含蓄がある。この比率はそのまま、テクノロジの本質を表してはいないだろうか。

 開発者の「才能」に基づく天啓のようなひらめきは全体のたかだか10%だ。それを実用化にこぎつける地道な「努力」は20%程度。では30%を占める「臆病さ」が何かといえば、テクノロジが人間の尊厳を侵す悲劇――行き過ぎた遺伝子操作や大量破壊兵器の製造――を引き起こさないために人類が留意すべき「慎重さ」、あるいはテクノロジが有する強大な力に抱くべき「畏怖の念」のことではないだろうか。


 なぜ「臆病さ」が30%も必要なのだろう? それは、実用化にこぎつけたテクノロジが「どんな場面で使われ、人をどれくらい幸せ/不幸せにするか」が残り40%の「運」に委ねられているからだ。

 この広い世界で、人間が意思を持ってコントロールできる外部環境など、多く見積もっても全体のたかだか60%程度。しかしだからこそ、40%の不確定要素をなるべく「好ましい」方向へと引き寄せるべく、10%+20%+30%=60%に全身全霊を注ぐべし。それを日々たゆまず実践しているゴルゴ13は、予測不可能な窮地に陥っても、なんなく脱することができる。

 「40%も運任せだなんて、やる気をなくす」とやさぐれるのか、「不確定要素が40%もあるだなんて、希望が持てる」と歓喜するかは、人それぞれ。ただ、前者より後者のほうが物語としては格段に面白いし、なにより格段にロマンチックだ。ヴィンセントが命を宿した、両親のカーセックスのように。

 最先端科学の総本山であるNASAが、「普通の人間ががんばってデザイナーベビーに打ち勝つ」などという、およそ「科学的な確からしさ」からは程遠いロマンチシズムに包まれた『ガタカ』を、「現実的な映画」の頂点に推したのは、なぜだろう。もしかするとNASAは、否、われわれ人類は、あらかじめ完全には「デザイン」されていない、不確定要素が40%もあるようなロマンチックな未来を、心のどこかで信じたいのではあるまいか。

 人類の叡智の結晶たるテクノロジが、人間の価値を出生数秒後に決定するなどという野暮な所業に力を貸すわけがない。意地でも貸してなるものか! ――そんな想いが、「デザイナーベビーに勝つ、普通の人間」を主人公とする物語をいくつも紡ぎ出してきた。

 「バイオニックソルジャー」の終盤、テクノロジの申し子たるライリーは、絶命の直前にこう言って息を引き取る。

「私は…どこから生まれ……どこへ行く……のだ……?」

 テクノロジの使命と行き先は、いまだ自問自答の渦中にあるのかもしれない。

稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。
著書に『ドラがたり――のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。
手がけた書籍は『ヤンキー経済消費の主役・新保守層の正体』(原田曜平・著/幻冬舎)構成、『パリピ経済パーティーピープルが市場を動かす』(原田曜平・著/新潮社)構成、評論誌『PLANETSVol.9』(第二次惑星開発委員会)共同編集、『あまちゃんメモリーズ』(文芸春秋)共同編集、『ヤンキーマンガガイドブック』(DUBOOKS)企画・編集、『押井言論 2012-2015』(押井守・著/サイゾー)編集など。
「サイゾー」「SPA!」ほかで執筆中。(詳細

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