デジタル岡目八目

アクセンチュアの地域活性化拠点が、中小製造業のデジタル支援に乗り出す理由

田中克己

2024-07-08 07:00

 コンサルティングファームのアクセンチュアが、日本で給与アップにつながる中小製造業のデジタル支援に本格的に乗り出していることが分かった。大手製造業向けの経験やノウハウを中堅・中小企業に生かす方法を見つけ出したからで、その原型は福島県会津若松市での取り組みにある。

 福島県の精密機械部品メーカーのマツモトプレシジョンや西田精機など10社超が導入し、4%の給与アップなどを実現したという。現在、成功事例から約90社の中小企業に採用を働きかけている。

 推進役は、アクセンチュア・アドバンスト・テクノロジーセンター仙台センター。センター長の菊地文人氏によると、福島県会津若松市のアクセンチュア・イノベーションセンター福島が地域産業活性化を目的に取り組んだ、中小製造業の生産性向上プロジェクト「Connected Manufacturing Enterprises」(CMEs)などを各地に展開しているところだという。

 CMEsはERPの「SAP S/4HANA」をベースに、中小製造企業向けに各種テンプレートで構成する業務システムの共通プラットフォーム。仙台センター所属で福島に勤務するシニア・マネジャーの鈴木鉄平氏によると、CMEsは急速に進む会津若松市の高齢化と人口減少の課題を解決し、若者らが定住し、安心して暮らせるようにすることにある。分かりやすく言えば、地元に働く企業があって、暮らしていける仕事を創り出し、賃金アップにつながるようにデジタル化することだ。

 同社の認識は、日本の中小企業のデジタル化は20年前から止まっているという。中小企業の経営者は時間も費用もないとし、部分最適化にとどまり、全体最適の思想に乗り切れないと鈴木氏は吐露する。そのような中小企業が相乗りする共通システムを活用する方法を考えた。「アクセンチュアが本当に中小企業向けのデジタル化を手掛けるのか」と疑問に持つ業界関係者は少なくないだろう。「中小企業をよくしなければ、日本全体がよくならない」と、鈴木氏は取り組む理由を語る。確かに日本の産業構造を見れば、社数の99.7%が中堅・中小企業で、特に中小企業の生産性が上がらず、給与も上がっていないのが現実だという。

 一方、大企業は生産性を確実に上げてきた。そのノウハウやアセットがアクセンチュアに蓄積しており、それらを中小企業に提供し、大企業と同等のIT武装を可能にするのがCMEsというわけだ。そのためには、巧とそろばんのバランスを取ることが欠かせない。巧とはモノづくりのこと、そろばんとは原価管理などのことで、鈴木氏は「中小製造業の経営者はモノづくりが大好きだが、そろばんが弱いという傾向がある」と課題を指摘する。

 別の言い方をすれば、製品別の原価を把握していないこと。同社が約100社に現場単位、ライン単位、製品別単位などの管理を聞いたところ、製品別に対応していたのはわずか5社だったという。

 鈴木氏によると、2桁の売り上げがある優良と言われる企業でも、モノづくりの原価が分からずビジネスをしているという。いわば“どんぶり経営”で、利益の上がらない問題が人件費なのか、調達費なのか、どこから手をつければよいか分からない。売値と原価の管理から材料費に課題があるのか分からず、原価低減に走ってしまうこともあるだろう。「整備の稼働率を上げる」とする経営者もいるが、もし赤字の商品の稼働率を上げたら、赤字が増す一方になる。これでは給与を上げられない。

 中小企業の生産性向上のお手本は大企業にある。だが、「知識流通の壁がある」と鈴木氏。中小企業の経営者に「大企業向けソリューションを買ってくれ」と言っても、高いので買わないだろう。まずはCMEsを知ってもらい、経営者らにITリテラシーも上げてもらう。そして、従業員の給与を上げるには、「経営を可視化し、データに基づいた経営にすることだ」と説く。そのためには、経理など各領域でシステムを構築する部分最適から全体最適化にする。つまり、ERPの導入が必要になる。課題は、中小企業にとって導入費用が数億円と非常に高値であることや、IT人材が確保できていないことだ。

 そこで、アクセンチュアはSaaS型共通プラットフォームとしてのCMEsを提案するという。10社なら10分の1、100社なら100分の1の費用になり、単純ではないが、月々の支払いになる。既製服であるため導入期間も短い。ただし、服に体を合わせる必要があり、「当社は独自の経営なので、カスタマイズが必要」となるが、多くはカスタマイズ不要で導入できるのではないかと同社は考えている。

 鈴木氏によると、中小企業の経営者は自社ビジネスの展開を独特なものと思っている節があるという。手の内も明かさない。しかし、近くに生産性を向上した同業他社があるのに、調べたり、良いものを取り入れたりはしない。「他社がどんなことをしているのか」と、アクセンチュアに尋ねることもない。そんな考え方を変えたいという。

 CMEsにはセルフ学習の機能もある。11カ月のプログラムの中で、コンサルタントが寄り添うのは本番稼働前の3カ月。8カ月はウェブで学ぶという流れだ。コンサルタントにおんぶに抱っこではないため、中小企業の担当者が自ら学ぶことで、導入費用が下がり、デジタルの成熟度が上がる。自立を促す仕組みともいえる。学習するのは、そろばんを担う販売と調達、生産、管理会計、財務会計の担当者5人で、システムを理解し、連携なども学ぶという。

 アクセンチュアはCMEsの顧客開拓で、地域の受託開発会社らとの協業も考えている。鈴木氏は、「中小企業向けのスクラッチ開発はあまり稼げないだろう。そこで、触れる機会の少なかっただろうSAPのスキルを身に付けて、新しい仕事を作る」ことを提案する。宮城県のIT業界団体に加盟した理由の1つはそこにあるように思える。

 宮城県に新たに生まれるサプライチェーンへの期待もあるという。これは、台湾の半導体を生産するファウンドリーの進出だ。「これまでの行政の支援は税制など優遇や助成などで、足りないのが高収益につながるデジタルインフラの整備」と鈴木氏は指摘する。電気や水道のようにデジタルインフラは進出企業だけではなく、地元企業にも重要になる。CMEsはそのデジタルインフラの中に組み込まれる。

 大企業の進出が地域の活性化に好影響し、宮城県で働き、暮らすことも「いいね」となれば、これまで県外に就職した大学生らも地元で働くことを選択するだろう。アクセンチュアはそう期待している。

田中 克己
IT産業ジャーナリスト
日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任、2010年1月からフリーのITジャーナリスト。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書は「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)。

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