三国大洋のスクラップブック

iPhoneは何を破壊したのか

三国大洋

2012-07-12 17:57


Disrupt

動詞(他動詞)
1 …を混乱させる;〈国家政府などを〉崩壊させる;〈交通網などを〉途絶させる
The news disrupted the meeting.|その知らせに会場は騒然となった.
2 (一般に)〈物を〉分離する, 引き裂く, 破裂させる.
━━形容詞混乱した;中断した;分裂[崩壊]した.

[出典:プログレッシブ英和事典]

クリステンセン教授も見誤った「iPhone」の潜在力

 クレイトン・クリステンセン氏と言えば、テクノロジー分野の経営に関する古典作品となった『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』をはじめ、多くの著書を持つハーバード・ビジネス・スクールの名物教授だ。ZDNet Japanの読者も、クリステンセン教授の著書を愛読している方が少なくないだろう。

「イノベーションのジレンマ」で著名なクレイトン・クリステンセン氏
「イノベーションのジレンマ」で著名なクレイトン・クリステンセン氏

 そのクリステンセン教授、5月の前半には最新刊『How Will You Measure Your Life?」のプロモーションでさまざまな媒体に積極的に顔を出していた。Businessweek誌の長い特集記事(註1)によると、今年還暦を迎えた教授は、生死の瀬戸際をさまよい一時は言葉も出なくなるような大病を患ったことや、学生時代の同級生のなかでも優秀だった連中が監獄送りになったという例(註2)を目にしたことで、人生の意味を見つめ直し、「人の道を踏み外さないようにするにはどうしたらいいか」を同書にまとめたという。

 さて、このBusinessweekの記事の冒頭には「イノベーションのジレンマ」について次のような紹介がある。

今世紀の初頭に「イノベーションのジレンマ」は想定外のベストセラーとなり、シリコンバレーで活動する起業家にとっての聖典というべき存在になった…(略)…インテル元CEOのアンディ・グローブは同書に誓いを立て、スティーブ・ジョブズもこの本を賞賛した。ただし、ジョブズ公認伝記作者のウォルター・アイザクソンは、クリステンセンがアップルは自社独自のソフトウェアを使い続けるかぎり、iPodは「ニッチな製品」にとどまる可能性が高いと予見したと指摘している(註3)。

 クリステンセンの予測が外れたことについて、以前にも紹介したジョン・グルーバー氏が先ごろ面白い考えを述べていた。iPhone登場5周年のタイミングでブログに公開したエントリーで、やはりクリステンセン教授の新刊発売に絡めてThe New Yorker誌が掲載した記事(註4)に言及して、次の箇所を引用している。2007年6月末にクリステンセン教授が、「iPhoneは本当に破壊力のある(disruptive)技術とはいえず、大成功する余地は限定的」と言った(註5)という話を踏まえたものである。

「イノベーションのジレンマ」を高く評価しながら、それでもクリステンセンの知恵を借りなかったCEOがいる。それはスティーブ・ジョブズで、結果的にはそれが幸いした。なぜなら「iPhoneは成功しない」という予想は、クリステンセンの予想のなかで最も恥ずかしいものだからだ。ローエンドからの破壊的イノベーションを重視するクリステンセンの目には、iPhoneはシャレた携帯電話にしか見えなかった。iPhoneがラップトップの存在をも危うくする破壊的イノベーションであることに、クリステンセンが気づいたのは後になってのことだった。(註6)

 The New Yorkerの記事からの引用箇所について、グルーバーは「この5年間にコンピュータ業界と携帯電話業界で起こったすべてのことは、これで説明がつく」と述べ、「iPhoneは登場から現在までずっと『携帯電話』ではなかった。それは携帯電話という存在を不要にするポケットサイズのコンピュータである。iPhoneと携帯電話との間には、Macとタイプライターくらい大きな違いがある」と記している(註7)。(次ページ「“iPhoneは最も優れた携帯になる”の誤り」)

註1:Businessweekの特集記事

Clay Christensen's Life Lessons - Businessweek


註2:優秀な人々が監獄送りになった

代表例として、ハーバード・ビジネス・スクール時代の同級生で、エンロンのCEOを務めたジェフリー・スカイリングの話が紹介されている。クリステンセンの目には「聡明で、ハードワーカーで、家族思い」と映っていたスカイリングは、エンロン・スキャンダルで24年の実刑となり、コロラドの監獄に服役しているばかりか、今年冬には末っ子の通称「JT」が失恋後に処方薬の過剰摂取で亡くなるという辛い目にも遭ったという。

また、政治の道を歩んだ別の同級生は、選挙運動中に未成年のボランティアと性交渉したことが発覚し、これも結局投獄されたという。

Clay Christensen's Life Lessons - Businessweek


註3:iPodはニッチな製品に留まるというクリステンセン教授の予測

At the turn of the century, The Innovator's Dilemma became a surprise best-seller and a holy book for entrepreneurs in Silicon Valley, where Christensen's theory arrived ready-made to explain what Internet companies were going to do to established businesses. Andy Grove swore by it. Steve Jobs admired it, although Jobs's biographer, Walter Isaacson, points out that Christensen predicted that if Apple (AAPL) kept on using only its own software, the iPod would likely remain a "niche product."

Clay Christensen's Life Lessons - Businessweek


註4:The New Yorkerの記事

When Giants Fail - The New Yorker


註5:iPhoneが大成功する余地は限定的という予測

The iPhone is a sustaining technology relative to Nokia. In other words, Apple is leaping ahead on the sustaining curve [by building a better phone]. But the prediction of the theory would be that Apple won't succeed with the iPhone. They've launched an innovation that the existing players in the industry are heavily motivated to beat: It's not [truly] disruptive. History speaks pretty loudly on that, that the probability of success is going to be limited.

Clayton Christensen's Innovator's Dilemma says iPhone will fail


註6:iPhoneが破壊的イノベーションに気づいたのは後になってのこと

One CEO who never asked for his help, despite his admiration for The Innovator's Dilemma, was Steve Jobs, which was fortunate, because Christiansen's most embarrassing prediction was that the iPhone would not succeed. Being a low-end guy, Christiansen saw it as a fancy cell phone; it was only later that he realized that it was also disruptive to laptops.

The iPhone and Disruption: Five Years In - Darling Fireball


註7:iPhoneと携帯電話の違い

This explains everything that has happened to both the computer and phone industries over the past five years. The iPhone is not and never was a phone.1 It is a pocket-sized computer that obviates the phone. The iPhone is to cell phones what the Mac was to typewriters.

The iPhone and Disruption: Five Years In - Darling Fireball

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