エンタープライズトレンドの読み方

30万年待っても新しいアイデアなんか出てこない--脳科学が示唆するイノベーションの秘訣

飯田哲夫 (電通国際情報サービス)

2013-07-10 08:00

 Yahoo!のMarissa Mayer氏が引き起こした在宅勤務禁止論争は、意外にもGoogleやTwitterのようなテクノロジ企業が、オフィスに出社することを推奨していることを明らかにした。

 その理由は、社員間のコラボレーションを通じたイノベーションの促進だ。創業期の企業、そしてイノベーションを自社のコアコンピタンスと心得る企業は、アイデアが創発する環境作りに余念がない。

 しかし、一般的にはそうではない。普通の企業は創業期を過ぎてビジネスの核を獲得すると、売り上げを拡大し、初期の投資を回収するフェーズへ突入する。

 すると、イノベーションの活性化よりも事業運営の効率化のプライオリティが高まる。つまり、社員間のコレボレーションよりも縦割りの統率力の方が重視される。

 しかし、当初の成長エンジンに衰退の色が見え始めると、トップは突如イノベーションの必要性を訴え始めるのだが、どれだけ大きな声をあげようが、新しい組織を作ろうが、待てど暮らせどイノベーションの種は出てこない。そして、その問題の深刻さは、最新の脳科学の知見によって明らかになる。

ミラーニューロンのイノベーション力

 V.S.Ramachandran氏の『脳のなかの天使』は、アメリカの神経科医による示唆に富んだ書籍だ。同書によると、人類の脳は30万年前には現在のものとほぼ同じサイズになっていた。

 にもかかわらず、火の使用や道具の制作といった文明の発展は突如7万5000年前から始まる。そして、それを決定付ける違いは、ミラーニューロンという新しいタイプの脳神経細胞の登場であったという。

 ミラーニューロンは、他の人の動作を見ると、まるで自分がそれを体験しているかのように脳細胞を活性化させる。例えば、目の前の人が腕を上げると、自分がそれを行っているかのように該当する脳細胞が活性化する。ただし、それを行動に移す必要がない場合には、それを抑制する信号が併せて発せられるから、同じ行動が発現しないのだという。

 このミラーニューロンの存在は、人類が模倣によって他者から学んだり、他者の視点からモノを見たり、物事を抽象化して結びつけたりする力につながるという。つまり、ミラーニューロンとは、お互いから学び、それを別のモノと結びつけて新しいアイデアを生み出す、イノベーションとその伝播を可能とする神経細胞なのである。

 ミラーニューロンは遺伝的に継承されてゆくものであるが、その登場は、Ramachandran氏が言うように「厳密に遺伝子にもとづくダーウィン的進化という縛りからの解放」(p192)であり、「ユニークな発明が急速に広まることを可能にした」(p193)のである。

 ゆえに、30万年にもわたり大きな変化のなかった人類の文明が急速に発展する原動力となり得たのである。人類のイノベーション力が遺伝子の突然変異のみに依存する必要がなくなった瞬間だ。

企業におけるイノベーション

 さて、企業戦略に戻ろう。人類においてイノベーションの活性化とその急速な伝播を可能とした要因としてミラーニューロンの存在がある。そして、その特徴は、相互に学び、アイデアを結びつける力である。これは、言うは易しであるが、実際の行動として社員に根付かせるは容易ではない。

 なぜなら、ミラーニューロンがそうであるように、その行動を特徴付けるのは、遺伝子(=企業文化)であるからだ。

 遺伝子、つまり企業文化は容易に獲得できるものではない一方、ひとたび獲得すれば、30万年何も起きなかった無風の世界に突如文明が舞い降りたかのような大躍進を引き起こすことを可能にする。Yahoo!のMarissa Mayer氏が、大きなリスクを取りながらも、在宅勤務の禁止を打ち出したのも、その企業文化を変える必要性を強く感じたからである。

 企業の成長とともに失われていくコラボレーションの文化は、企業のイノベーション力という観点で、驚くほどの違いをもたらす。これは、インターネット系の新興企業と既存の大手企業のイノベーション力の差を見れば一目瞭然だ。

 そして、Ramachandran氏のミラーニューロンに関する考察が明らかにしてくれるのは、その差がわれわれが思っていた以上に大きいということだろう。

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飯田哲夫(Tetsuo Iida)

電通国際情報サービスにてビジネス企画を担当。1992年、東京大学文学部仏文科卒業後、不確かな世界を求めてIT業界へ。金融機関向けのITソリューションの開発・企画を担当。その後ロンドン勤務を経て、マンチェスター・ビジネス・スクールにて経営学修士(MBA)を取得。知る人ぞ知る現代美術の老舗、美学校にも在籍していた。報われることのない釣り師。

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