過去20年で、中規模以上の企業で最も社内政治力を低下させたのは情報システム部門でしょう。部門が持っているリソースに対して仕事量が多過ぎてバランスが悪いことが原因です。企業のIT投資が一貫して続いたことで、構築したシステムやハードウェア、ネットワーク、導入した業務アプリケーションなどの保守運用とセキュリティ対応で、各社の情報システム部門はとっくにキャパシティーを超えた仕事量を抱えており、自社業務の理解やDX(デジタルトランスフォーメーション)に向けた提案などはとても無理な状況に陥っています。
導入済みの製品パッケージや開発モジュール、ハードウェアなどを更新したり、パッチ適用や機能追加にも対応したりしなければなりません。現状の維持ですら仕事は増え続け、とても社内ユーザーとコミュニケーションを取る時間など捻出できないのが現実で、IT戦略の欠陥と言えるでしょう。
その結果、業務アプリケーションの導入会議に情報システム部門が参加していないことが多くなりました。筆者はマーケティングオートメーション(MA)や営業支援/顧客関係管理(SFA/CRM)などの選定会議によく呼ばれます。マーケティング&セールス系のソリューションはその多くがクラウドで提供されており、管理者権限までユーザー部門が持つことが多いため、確かにセキュリティチェック以外に情報システム部門が参加する必要はないでしょう。そして、こうしたマーケティング系ばかりでなく、人事給与システム、生産管理、販売管理などの業務アプリケーションの導入や更改に関する会議にも、情報システム部門がいないケースが増えているのです。
では、こうした状況はIT産業のマーケティングにどのような変化をもたらすでしょうか。
筆者は、IT産業の顧客企業に対して、「今まで通り情報システム部門だけをターゲットとして守れる仕事はミドルウェアから下のレイヤーだけです」と説明しています。業務アプリケーションのビジネスを守りたい、または新しく受注したいのなら、情報システム部門ではなく、顧客社内のユーザー部門にコンタクトポイントを構築しないと無理なのです。
「コンタクトポイント」の定義は、以下の属性がそろった顧客/見込み客のデータです。
- 名前(姓名)
- 企業名
- 部署名
- 役職名
- メールアドレス
- 電話番号(所属部署)
情報システムのサービス化は間違いなく進み、戻ることはありません。なぜならシステムを構築、導入、改修することは企業にとって「目的」ではなく、業務を改善して生産性を向上するための「手段」だからです。システムもハードウェアもクラウドインフラも全てが課題を解決し、成果で評価されるサービス化に向かっていくことでしょう。
一方で、開発したシステム、導入したアプリケーション、それらを格納しているサーバーやネットワークなどの維持に毎日追われている情報システム部門は、この大きな流れに付いていくことが難しいのかもしれません。顧客を守るためには、情報システム部門以外のユーザー部門といかに関係を構築し、またそれを太くしていくかを考えなければビジネスを失うだけです。
既に、大手システムインテグレーター(SIer)が情報システム部門に常駐している企業でも、人事給与、顧客管理、案件管理、マーケティング、ビジネスインテリジェンス(BI)などの業務アプリケーションが他のベンダー経由でユーザー部門に直接導入される事象が進行しています。マーケティングという仕組みを持たずに、社内に散在する業務アプリケーションのビジネスを守ることなど不可能なのです。
今まで日本の経済成長を支えてきた多くのSIerは今、岐路に立たされているように、筆者には見えています。一方の道は、全力でマーケティングに取り組み、マーケティングインフラの構築にエース級の人材と思い切った予算を投入する。他方は、業務アプリケーションを諦めてミドルウェアから下の守りを固め、苦手なマーケティングには投資しない道です。
この分かれ道にいて、経営判断を迫られているのです。どちらの道に踏み出すのも勇気が必要ですが、決断しないことのリスクが最も大きいのは言うまでもありません。
- 庭山 一郎
- シンフォニーマーケティング 代表取締役
- 1962年生まれ、中央大学卒。1990年9月にシンフォニーマーケティングを設立。データベースマーケティングのコンサルティング、インターネット事業など数多くのマーケティングプロジェクトを手がける。1997年よりBtoBにフォーカスした日本初のマーケティングアウトソーシング事業を開始。製造業、IT、建設業、サービス業、流通業など各産業の大手企業を中心に国内・海外向けのマーケティング&セールスのアウトソーシングサービス、研修サービスを提供している。中央大学大学院ビジネススクール客員教授。