筆者より:今回の多国籍大企業をめぐる税金の話題と、以前から「宿題」となっていた米国での「Repatriation Tax Holiday」再実施をめぐる話をいっぺんに片付けてしまおうと原稿を書き始めたが、例によってだいぶ長いものとなってしまったため、前・後編に分けることにした。その影響で本稿にはアップルに関する事柄があまり出てこないが、この点については予めご了承願いたい。
ハイパー節税対策
4月22日に実施されたフランス大統領選挙の第一回投票で、現職のサルコジ大統領がだいぶ苦戦していたようだ(註1)。この選挙戦に関連して『Businessweek』誌とその親会社Bloombergが「ネット起業家に優しくないフランスの大統領候補者」という趣旨の記事を今月半ばに掲載している(註2)。
この記事では「サルコジ大統領がグーグルやアマゾン、イーベイなどのような企業がフランス国内であげた『売上』に税金を課すという、昨年一度廃案になったアイデアを再び口にした」といった記述もあり(註3)、私は内心「うまいところに目をつけたものだ」とちょっと関心してしまった。
利益ではなく「売上("revenue")に課税」というのはなんとも乱暴な話だが、相手が選挙権のない法人(格)であり、しかも税金をあまり払わないことが比較的よく知られている米国のネット企業となれば、政策としての実行可能性や有効性はさておいて、それこそ「選挙公約」としてはちょうどいい——少なくとも「収入が100万ユーロを超えた個人に一律で75%もの所得税を課す」という対立候補のオランド氏のアイデアよりは余程反発も少なかろう……(註4)。「うまい」と思ったのは、そんな考えが一瞬頭のなかに浮かんだからだった。
BloombergとBusinessweekは米国の会社なので、もちろん「そんなことをしたら米国の企業はさっさと逃げ出しちゃうよね。グーグルやマイクロソフト、フェイスブックなんかが力を貸して、せっかくフランスにもネットベンチャーが根付いてきたのに……それでなくても失業率が高い(過去12年で最高)なかで、有望な起業家や優秀な人材を最近勢いのあるベルリンなんかにとられちゃっても知らないよ」みたいな書き方をしている。
しかも両誌は、その大半を成功した地元の連中などの口を借りて主張している。1年ちょっと前に「グーグルは米国企業のクセして、米国に税金を落とさなくてけしからん」「大儲けしている会社がこんなに節税していいのか」と書き、また「グーグル創業者がスタンフォード大学在籍時に、政府が研究資金まで出してやったはずなのに……」とまで書いていた媒体とは思えない書きっぷりでもある(註5)。
ところで。
Bloombergが上に挙げた「グーグルのハイパー節税対策」の話を記事にしたのが2010年10月21日のこと。『税制の抜け穴に消えた600億ドル——グーグルの実効税率2.4%が示すその手口』("Google 2.4% Rate Shows How $60 Billion Lost to Tax Loopholes")と題するこの記事には、次のような一節までみられる(註6)。
「ワシントンでは往々にしてあることだが、グーグルがやったようなアグレッシブな節税対策がスキャンダラスなのは、それが違法行為だからではない——それが合法だからだ」
この話自体は、当時日本でもちょっとした話題になったように記憶しているが、「ダブル・アイリッシュ」やら「ダッチ・サンドイッチ」と呼ばれる手法——ざっくりいうと税率の低い国もしくは税金のかからない国(で登記した法人)に利益を付け替え、同時に税金が高い国(の事業)ではどんどん経費を落とすというやり方で、米国のテクノロジー系大手各社が節税にいそしんでいるという内容だ。(参考:Bloomberg Businessweek誌のインタラクティブチャート)
(編集部より:例によって註が長いので、とりあえず先を読みたい方は「新たな議論の口火を切ったシスコのチェンバースCEO」へ)
註1:苦戦するサルコジ大統領
23日午前に判明した最終集計では、オランド氏の得票率は28.63%、サルコジ氏は27.18%だった。一方、脱ユーロを掲げた右翼・国民戦線のマリーヌ・ルペン氏(43)が17.90%、反緊縮財政の左翼戦線のジャンリュック・メランション氏(60)が11.11%を得た。
仏大統領選、オランド氏首位 サルコジ氏と決選投票へ - 朝日新聞
註2:ネット起業家に優しくないフランスの大統領候補者
Facebook Finds No Friends Among Tax-Happy French Candidates - Bloomberg
France's Silicon Valley Wants Some Respect - Businessweek
いずれも同じ書き手によるもので取材先もほぼ一緒。後から出たBloombergのほうがダイジェスト版とでもいえようか。
註3:一度廃案になったアイデアを再度口にした
"President Nicolas Sarkozy has revived proposals to tax companies like Google, Amazon and EBay Inc. (EBAY) for revenue they make in France, accusing them of “fiscal dumping” in a speech on April 5."
"Slapping more taxes on entrepreneurs and Web companies may push startups away from Paris's nascent technology hub. The next president should take a leaf out of the playbook of Google, Microsoft (MSFT) Corp. and Facebook, which foster French startups, say businessmen such as Dan Serfaty, who started Viadeo, a European version of LinkedIn Corp. (LNKD)"
Facebook Finds No Friends Among Tax-Happy French Candidates - Bloomberg
註4:対立候補オランド氏のアイデア
米連邦議会上院でいわゆる「バフェットルール」——年間所得が100万ドルを超えた高額所得者に最低でも30%の所得税を課そうという内容の法案が否決されたのはつい最近、4月16日(米国時間)のこと。
Senate GOP blocks Buffett Rule bill - CNNMoney
註5:グーグルのハイパー節税対策
Google 2.4% Rate Shows How $60 Billion Lost to Tax Loopholes - Bloomberg
なお、一部を翻訳した日本語記事もある。
グーグルの税率2.4%はアイルランド仕込みのダッチ・サンドイッチ - ブルームバーグ
これと関連した図解ページには「グーグルが米国外で得た利益について、アイルランドやオランダ、バミューダ諸島に設けた法人を使って、2007年から2009年の3年間に約30億ドルも節税した」とする一節がある。
Google Inc. has cut roughly $3 billion from its income tax bill side 2007. It relies on a strategy that assigns most profits from its foreign advertising sales to Bermuda and involves techniques known to tax planners as the "Double Irish" and the "Dutch Sandwich".
Inside Google's $1 Billion-a-Year Tax Cutting Strategey
グーグルの損益計算書で各年度の法人所得税をみると、2007年が14億7000万ドル、2008年が16億2700万ドル、2009年が18億6100万ドルで、あわせて49億5800万ドル。それに対し、連結の純利益は2007年が42億400万ドル、2008年が42億2700万ドル、2009年が65億2000万ドルのあわせて149億5100万ドル。ということは、アグレッシブな節税策が採られなかったとすると、3年間の所得税は合計で80億ドル近くなり、それに伴って連結の純利益は120億ドル程度まで減少していた計算になる。
グーグルの財務諸表(損益計算書) - WSJ
なお、Bloombergで書き立てられたその翌年には、さすがに方針転換があったようで、海外事業からの利益も計上されているが、その前3年間はいずれも赤字=(_)付きで処理されているのがわかる。
註6:合法だからこそスキャンダラス
"As is often the cas in Washington, the scandal isn't what's illegal -- it's what' legal, in this instance tax-avoidance systems with names like the Double Irish and the Dutch Sandwich."
Google 2.4% Rate Shows How $60 Billion Lost to Tax Loopholes - Bloomberg