エンタープライズトレンドの読み方

イノベーションか死か--「Apple Pay」が金融ビジネスにもたらすもの

飯田哲夫 (電通国際情報サービス) 2014年09月17日 08時00分

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

金融のイノベーションはどこで起きているか

 およそ1年前、英国で銀行の決済口座を簡単に移せるサービスが始まった。これは、英国政府による、同国の銀行間の競争を促すことを目的とした施策だ。従来は最長30日くらい掛かっていた移行手続き期間を7営業日まで短縮し、口座自動引き落としなどの取り決めも全て自動的に引き継がれる。

 結果、1年間で約110万口座の移動が発生し、前年の93万口座を上回った。しかしながら、英国の銀行口座1億4000万のうち、94%が大手6行で開設されている状況を鑑みれば、たかだか110万口座の移動によって銀行間の競争環境が変化したとは言いがたい。

 しかし、この英国政府の取り組みが想定通りのインパクトを市場に与えられなかったとしてもやむを得ない。なぜならば、金融サービスのイノベーションは銀行の決済口座ではなく、さらにフロントエンドであるトランザクションの発生する現場で起きているからだ。

「Apple Pay」が変えること

 先週発表されたAppleのモバイル決済サービス「Apple Pay」は、クレジットカード会社や銀行をバックステージに押しやり、自らがステージに立つことを意図したサービスだ。米国で22万店での利用が可能となるApple Payは、決済手段としての現金やカードに「iPhone」という新しい選択肢を加え、そして、それは固有名詞で呼ばれるかもしれない。

 つまり、われわれが支払いする時に意識するのは、決済サービスのエクスペリエンスの提供者であるAppleであったり、PayPalであったり、Squareであり、その裏で実際の資金移動を担っているカード会社や銀行ではない。そして、金融サービスのイノベーションは、実際のトランザクションが発生するエクスペリエンスレイヤで起きているのだ。

 Apple Payの課金は消費者や小売店ではなく、銀行に対して行われると言われている。Appleが提供するサービスが銀行に課金されるとするならば、決済サービスに関わる銀行のマージンはさらに薄くなる。そして、このことは、決済サービスに関わる付加価値の一部が銀行からAppleへシフトすることを意味する。

変わり行く金融サービス

 銀行の担う3つの機能は、預金、融資、決済だと言われている。そして、その全ての領域において、イノベーションはサービスの利用者に密着したところで起きている。

 ある知人の会社では、宴会の事後精算はAmazonギフト券でやり取りしているという。確かに、これならメールアドレスさえ分かれば、ほぼリアルタイムで支払いができる。金額の指定も自由だ。

 イーコマース(EC)のプラットフォームであるAmazonのギフト券は、その利用者にとってみれば、ほぼ現金と同じ価値を持つだろう。Amazonが自らの通貨である「Amazon Coins」の発行に乗り出すのも納得がいく。下手に預金をするくらいなら、Amazon Coinsを買って10%のディスカウントを受けた方が得である。

 PayPalが提供する融資サービスは、EC業者の商取引の履歴に基づいて審査され、返済金額は売上金額に連動するという画期的なものである。ECに最も近いところにいるからこそ開発できるサービスだと言える。

 そして、決済のフロントエンドを担うのも、生活に最も近いデバイスを握るプレーヤーなのである。

Innovate or Die

 金融機関は、将来の敵がAppleでありAmazonでありGoogleだと知っている。故に、近年大手金融機関はイノベーションへの投資を積極化している。

 JPMorgan Chaseは昨年、イノベーションに特化したチームを組成した。MasterCardもニューヨークにイノベーションラボを設立している。今年に入ってからは、金融ベンチャーへ投資する100億円規模のファンドの設定も相次いでいる。

 一方で、先週も報じられたように、銀行に対する資本規制は強まるばかりだ。そこに求められるのは、イノベーションよりも安全性である。

 この点において金融機関の右に出るものはないが、そこに居場所を定めれば、金融機関は社会のユーティリティとして自らの役割を限定することとなる。自ら変革を起こすのか、バックステージに下がるのか、まさに、その瀬戸際にあると言えるだろう。

ZDNet Japan 記事を毎朝メールでまとめ読み(登録無料)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んだ方に

連載

CIO
シェアリングエコノミーの衝撃
デジタル“失敗学”
コンサルティング現場のカラクリ
Rethink Internet:インターネット再考
インシデントをもたらすヒューマンエラー
トランザクションの今昔物語
エリック松永のデジタルIQ道場
研究現場から見たAI
Fintechの正体
米ZDNet編集長Larryの独り言
大木豊成「仕事で使うアップルのトリセツ」
山本雅史「ハードから読み解くITトレンド放談」
田中克己「展望2020年のIT企業」
松岡功「一言もの申す」
松岡功「今週の明言」
内山悟志「IT部門はどこに向かうのか」
林 雅之「デジタル未来からの手紙」
谷川耕一「エンプラITならこれは知っとけ」
大河原克行「エンプラ徒然」
内製化とユーザー体験の関係
「プロジェクトマネジメント」の解き方
ITは「ひみつ道具」の夢を見る
セキュリティ
エンドポイントセキュリティの4つの「基礎」
企業セキュリティの歩き方
サイバーセキュリティ未来考
ネットワークセキュリティの要諦
セキュリティの論点
スペシャル
エンタープライズAIの隆盛
インシュアテックで変わる保険業界
顧客は勝手に育たない--MAツール導入の心得
「ひとり情シス」の本当のところ
ざっくり解決!SNS担当者お悩み相談室
生産性向上に効くビジネスITツール最前線
ざっくりわかるSNSマーケティング入門
課題解決のためのUI/UX
誰もが開発者になる時代 ~業務システム開発の現場を行く~
「Windows 10」法人導入の手引き
ソフトウェア開発パラダイムの進化
エンタープライズトレンド
10の事情
座談会@ZDNet
Dr.津田のクラウドトップガン対談
Gartner Symposium
IBM World of Watson
de:code
Sapphire Now
VMworld
Microsoft WPC
Microsoft Connect()
HPE Discover
Oracle OpenWorld
Dell Technologies World
AWS re:Invent
AWS Summit
PTC LiveWorx
吉田行男「より賢く活用するためのOSS最新動向」
古賀政純「Dockerがもたらすビジネス変革」
中国ビジネス四方山話
ベトナムでビジネス
日本株展望
企業決算
このサイトでは、利用状況の把握や広告配信などのために、Cookieなどを使用してアクセスデータを取得・利用しています。 これ以降ページを遷移した場合、Cookieなどの設定や使用に同意したことになります。
Cookieなどの設定や使用の詳細、オプトアウトについては詳細をご覧ください。
[ 閉じる ]