ベトナム市場の弱点の1つ「最低賃金の急上昇」
ベトナム現地では日本製品に対する需要も大型案件の需要もあり、また日本企業を受け入れてもらいやすい素地があるとなると、日本人には非常に魅力的な市場に映ることと思います。これについては異論のないところと思いますが、事業として考えた場合には、当然すべての活動を金銭に置き換えなければなりません。そして、現在のベトナム市場で最大の弱点がこの点にあると考えています。それは「最低賃金の急上昇」と「人材の不足」の2点です。
まず最低賃金の急上昇についてですが、ベトナムでは最近の物価上昇は安定しており、2014年1~9 月期の消費者物価指数(CPI)の平均は前年同期比4.61%増、2014年7月、8月、9月のCPIはそれぞれ前月比 0.23%増、0.22%増、0.40%増となっています。ただし9 月のCPI 上昇は、主として新学年度開始に伴う学費上昇によるものなので一時的なものとみていいでしょう。
一方で、ベトナムの法定最低賃金は近年急上昇しています。2011年10月には最大32.5%の引き上げが行われましたが、この2015年1月にも最大14.8%の引き上げられました。ベトナム中央政府としては現状の最低賃金はまだ低く、最低賃金のさらなる引き上げが必要との姿勢を崩していない上、2018年の数値目標を持っていることから、賃金上昇圧力は続くものと思われます。
これに加えて、米ドルに対する現在の円安がありますので、日本から見たここ数年間の見かけ上のコスト上昇は非常に大きくなるとともに、実際のコストも上昇していく見通しです。
ソフトウェア分野の技術者が不足
これに加えてベトナムでの人材不足がもたらす賃金上昇も大きな問題となっています。ベトナムでもICT産業が活発な動きを行っていますが、その実態はスマートデバイスを中心としたハードウェア産業のけん引が主です。そのため、統計上増えているIT技術者も、最も伸びている分野はハードウェア分野となっており、次いでデジタルコンテンツ分野となっています。
一方でこれまでのオフショア開発で必要とされてきたソフトウェア分野への人材供給はこれらと比較すると伸びが少ないため、優秀な人材の確保はハノイやホーチミンといったこれまで多くの企業が拠点を置いていた都市では深刻な問題となりつつあるようです。参加したベトナム企業からも「マネージャークラスに限らず、技術者が足りない」との声が多く聞かれました。
ベトナムのオフショア市場が活況を呈しているとも考えられますが、結果としてコストの上昇につながるのであれば、発注側の日本企業から見ると懸念事項となってしまいます。当日のセミナーでもフン会長から具体的な金額の言及があり、これによると、「新卒の技術者で月額250~400ドル程度、3年程度の経験がある技術者で月額700~800ドル程度。マネージャークラスでは月額2000ドル程度をもらう者もいる」とのことでした。
上記のような賃金上昇圧力と技術者の供給不足に加え、優秀な技術者の確保に各社が奔走した結果、給与平均が上昇しているものと考えられます。ベトナムが富むことに異論はありませんが、ベトナム側の各企業が今後も力を入れていこうとしているオフショア開発やBPO(Business Process Outsourcing)事業の観点から考えると、今後日本企業が「日本の技術者も英語をやらされる上に、大したコスト削減にならない。むしろ手間が増えるため、ミャンマーなどの他国での実施や国内でのニアショア開発の方が良いのではないか」と判断する可能性もあるように思います。
当日紹介のあった10年前のJISAレポートでは、「ベトナムは下流工程を担当することが主であるが、将来はベトナムも上流工程からトータルで受注できるよう力をつけるべき」との指摘があったそうです。しかし現在でも、ベトナム側の状況はそれほど変わっていないように見受けられます。
「魅力的な投資先としてのベトナム」というイメージばかりが先行してしまい、実際に業務を行ってみるとコストと手間ばかりかかるとなってしまうと、結果として「これからはミャンマーだ」「やっぱりタイだ」ということにもなりかねません。日本企業が今後も「ベトナムが一番だ」となるかどうか、ベトナム自身にとっても正念場なのだと思います。
- 古川 浩規
- インフォクラスター
- 内閣府及び文部科学省で科学技術行政等に従事したのち、平成20年に株式会社インフォクラスター、平成22年にJapan Computer Software Co. Ltd.(ベトナム・ダナン市)を設立。情報セキュリティコンサルテーション、業務系システム構築、オフショア開発を手掛けるほか、日系企業のベトナム進出に際して情報システム構築や情報セキュリティ教育等を行っている。資格等:国立大学法人 電気通信大学 非常勤講師、日本セキュリティ・マネジメント学会 正会員、情報セキュリティアドミニストレータ、財団法人 日本・ベトナム文化交流協会 理事