「見通し力」。インターネットイニシアティブ(IIJ)の鈴木幸一会長兼最高経営責任者(CEO)は、IT企業やITを利用する企業にとっての重要性を説く。5年後、10年後に医療や農業、エネルギーを含めた社会や生活、ビジネスの変化を予測し、今から必要な技術や仕組みの開発に取り組むことを訴えているように思える。
「思い切ったことを」とIIJの鈴木会長
IIJの技術開発分野を主管し、新たな技術基盤やサービス開発の指揮をとる鈴木会長は、「思い切ったことをしないと変わらない」と考えている。だが、「日本人はコンサバティブしすぎる」(同)。異なる言い方をすれば、問題が分かっているのに、解決を先送りにし、変えようとしないこと。
分かりやすい例が少子高齢化だろう。労働力人口の減少は医療費や国民年金などに大きな影響を及ぼすのに、「私たちが生きている間に破たんすることはない」と考えて、抜本的な対策を実行しなかったらどうなるだろう。
IT企業にも問題はある。取り巻く環境が変化しているのに「今のビジネスで収益を確保できる」とし、伝統的なビジネスモデルを守る。これから必要になる技術開発や人材養成をしなくても、欧米IT企業のプラットフォームや仕組みを利用すれば乗り切れると考える。結果、付加価値の低いビジネスに追いやられる。
顧客企業にもある。専用の特殊なシステムを一から開発し続ける企業だ。確かに使いやすく、差別化を図るうえで必要な時代はあった。世の中に、求める機能を備えたパッケージ商品もなかった。今もゼロから作るしかないものもあるが、スキルの高い人材を確保するのは難しくなっていく。
しかも、利益の伸び悩む企業が膨大な費用をかけて開発することが許されなくなる。無駄でもある。コスト高と開発の長期化は、競争力を失うことにもなる。
新しいコンセプトを新しいスキームで実現
日本で最初に商用のインターネット接続サービスや広域イーサネットサービスなどを開始したIIJの鈴木会長は「新しいコンセプトを打ち出し、新しいスキームで実現すること」と説く。例えば、米Googleは「1クリックで世界の情報にアクセス可能になる」という構想を打ち出し、現実化させた。描いたビジョンを「なんとしても実現する」情熱、決意である。
だが、新しい技術を使ってくれる人がいなければ、ビジネスにならない。使ってくれる人がいなければ、開発する人はいなくなる。クラウドサービスの開発で、日本が大きく出遅れた一因がそこにある。
自社保有型にこだわる企業が多ければ、IT企業はそれに対応する。クラウドが求められれば、欧米製を使えばいいとなる。サービスの提供開始時期や盛り込む機能を自分で決められないということ。欧米より提供時期が遅れることもある。IT企業がそこから得られる収益も小さくなる。そんなことが考えられる。
次世代プラットフォームとして脚光を集めているIoT(モノのインターネット)も、そんな雰囲気を感じさせる。日本企業がそこでの力を失えば、製造業などを弱体させるかもしれない。1つの見通しが日本の良さといえる安心、安全を生かすこと。
道路など社会インフラのデータを集める仕組みを作る。さらに医療における診察データを患者が所有する。自動車などモノや人の位置情報を収集する。無駄をなくし、新しいビジネスを生み出す。社会や生活、ビジネスを変えていくだろう。
ただし、実現される世界を監視と見るか、行動予測ととられるかで、取り組み方が大きく違ってくる。加えて、こうしたプラットフォームを日本国内に置くのか、海外に置くのか。つまり、誰が情報を持つかということ。EUが、グーグルを競争法に違反する可能性があると指摘している背景には、そんな事情もあるように思う。「日本企業が標準を作るのは難しい」との意見もある。
だが、その前に自らが技術開発やすくみ作りに取り組まなければ話にならない。絶望的な状況に追い込まれない前に、鈴木会長が言うように「思い切った」ことをする。
- 田中 克己
- IT産業ジャーナリスト
- 日経BP社で日経コンピュータ副編集長、日経ウォッチャーIBM版編集長、日経システムプロバイダ編集長などを歴任し、2010年1月からフリーのITジャーナリストに。2004年度から2009年度まで専修大学兼任講師(情報産業)。12年10月からITビジネス研究会代表幹事も務める。35年にわたりIT産業の動向をウォッチし、主な著書に「IT産業崩壊の危機」「IT産業再生の針路」(日経BP社)、「ニッポンのIT企業」(ITmedia、電子書籍)、「2020年 ITがひろげる未来の可能性」(日経BPコンサルティング、監修)がある。