徐々に量子アニーリングの中身に迫っていこう。この量子アニーリングというのは一言で表現すれば、新しい計算技術である。
計算と呼ばれると、四則演算に代表される計算をイメージしてしまうが、「組み合わせ最適化問題」と呼ばれる課題を解決する計算技術である。
組み合わせ最適化問題というのは、馴染みのない言葉かもしれないが、毎日決断の際に日々直面している課題そのものである。人生で直面するさまざまな場面で、最大の利得を求めようとすると、多数の要素を考慮しなければならない。
例えば住むところを決める際には、家賃だけではなく住環境、通勤場所との位置関係、治安、地域との連携など、それぞれの重要度に応じて、多数の要素が複雑に絡み合う選択だ。住むところとして挙がる多数の候補の中から、一番良いところを選ぶ。
これがまさに組み合わせ最適化の一例だ。他にもこの手の問題には身に覚えがあるはずだ。しかも、その選択に際して、考慮するべき要素が多数になればなるほど、時間と労力がかかることもよく知っているだろう。その解決を一瞬にして与えるのが量子アニーリング、そしてそれを実装したマシンである。
D-waveマシンで組み合わせ最適化問題を解く様子。ウェブブラウザ上の操作により、カナダにあるD-wave Systemsが持つ量子アニーリングマシンに解きたい最適化問題を送信すると、瞬時に回答が返ってくる(動画)(大関真之氏提供)
なぜ一瞬にしてその解決を与えることができるのだろうか。詳細に述べていくと読者の熱を冷ましてしまうので概略を伝えると、「制御のできる共存状態」を巧みに利用する。
多数の要素を考慮しながら、“選択をする際、表裏どちらか一方ではなく両方を考慮する”ように最終的にどちらが重要な要素であるかを判断していく。
時間がかかってしまうのは、どちらか一方の場合はどうなるか、という検証を繰り返してしまうからで、両者を考慮していくことでその手間を省くというわけだ。
人間社会のストレスを解消してくれそうな気配すらある量子アニーリングにVolkswagenも注目して、それを利用した快適な社会生活を作り上げようというわけだ。
D-Wave Systemsが量子アニーリング技術を実装したマシンを発売したとき、最初の顧客は米国の航空機・宇宙船の開発製造会社であるLockheed Martinだった。
航空機のバグを探すためにありとあらゆる問題のありそうな箇所から重大な欠陥を引き起こしているところを特定するテストを実施し、それがこれまでの方法論よりも高速に結論を導き出したことから購入を決定したそうだ。
続いてNASAとGoogleが共同購入したのが大きい。彼らは2015年末に、既存のコンピュータによる最適解探索よりも「1億倍速い」と大きくその検証の成果をアピールした頃から、多くのメディアが注目するところとなった。
Googleは独自に量子アニーリング技術を搭載したマシンの開発にも乗り出している。2016年の量子アニーリング技術に関連した最も大きな国際会議では、Googleが自身の研究施設を研究者やエンジニアたちに公開して大きく注目された。
組み合わせ最適化問題のひとつ、巡回セールスマン問題(あるセールスマンが幾つかの都市を一度ずつ訪問し出発点に戻る場合、移動が最短になる経路を求める問題)を、量子アニーリング技術をシミュレーション「シミュレーテッドアニーリング」により解く 動画(1分34秒ほどから)。 スタート当初は解を出すために与えられる温度のパラメータが大きく、解は大きく変化するが、温度パラメータは下がるにつれ、解の変化が小さくなり収束していく様子が見て取れる