しばらく前から『The Power of Habit』という書籍を少しずつ読んでいる。著者は、New York TimesのCharles Duhigg(「チャールズ・ドゥヒッグ」と発音するのだろうか)という記者だ。
ドゥヒッグ氏は、この連載「三国大洋のスクラップブック」の初回で採り上げたNYTimes「iECONOMY」という特集記事の筆頭執筆者である。
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この作品のなかには「習慣の力」(個人と組織の両方)にまつわる面白い話がたくさん出てくる。ブッシュ政権で財務長官を務めたポール・オニール(Paul O'Neill)が、非鉄金属大手のアルコア(Alcoa)社でCEOを務めていた時代のエピソードもそんな話のひとつだ(註1)。
1980年代なかばのアルコアは、いくつかの経営上の失敗が相継ぎ株価が低迷。同社の取締役会は、経営立て直しの期待を込めて、オニールに次期CEOの白羽の矢を立てた。オニールはもともと官僚畑の出身で、ワシントン(連邦政府)で組織改革に関するいくつかの実績を残して頭角を現した後、その当時は野に下っていた。このオファーに当初はあまり乗り気でなかったオニールだが、いろいろ解決すべき課題をリストアップした上で結局オファーを受諾。そして「事故ゼロ」("zero injury")を目標に掲げ、社員の意識をそれだけに集中させることで、停滞していた大組織をすっかり生まれ変わらせたという。
門外漢の私は、アルコアについて「ニュースなどで時々目した大企業」程度の認識しかなかった。ポール・オニールについても同様で、財務長官に指名された当時、「なんで『重厚長大』なメーカーの経営者が、いまさら財務長官なんだろう?」と疑問に思ったくらいの記憶しかない(註2)。このアルコアの復活話も、あるいは人によって「常識」=当たり前の話なのかもしれない。ちなみに、同社の株価の推移をみると、たしかにオニール在任中に株価が大幅に値上がりしていたことがわかる。
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この『The Power of Habit』に出てくるエピソードは、CEOに就任したばかりのオニールが、ウォールストリートの面々——投資家や証券アナリストを前に、いきなり「アルコアを米国でいちばん安全な会社(職場)にする」と宣言する場面から始まる。
新CEOの御披露目といえば、「シナジー」やら「ウィン・ウィン」あるいは「ライトサイジング」といったお決まりのセリフが出てくるものと勝手に決め込んでいた聴衆は、「実業界では無名の元役人」に過ぎなかったオニールの「経営目標は事故ゼロ」というこの発言を聞いて、すっかり訳がわからなくなる。(次ページ「アルコアが頭のおかしいヒッピーをCEOにした!と会場騒然」)
註1:アルコアのCEOだったポール・オニール元財務長官
O'Neill was chairman and CEO of the Pittsburgh industrial giant Alcoa from 1987 to 1999, and retired as chairman at the end of 2000. His reign was extremely successful, as the company's revenues increased from $1.5 billion in 1987 to $23 billion in 2000 and O'Neill's personal fortune grew to $60 million.
註2:オニール任命の「意外性」
90年代のクリントン政権で、ロバート・ルービン(ゴールドマンサックスから転身)、ラリー・サマーズ(ハーバード大、世界銀行)と金融・経済畑出身者が2人も続いたせいで、なおさら意外に感じた覚えがある。