解説

デジタル家電業界のトヨタ - (page 2)

三国大洋 2012年06月21日 16時37分

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[The Vergeによるインタビュー]

 さて。

 ビジオのCTO(最高技術責任者)とチーフデザイナーの2人にインタビューしたThe Vergeのコンテンツでは、次の3つの点が主に興味を惹いた。いずれも、アップルのことが頭にあったからかもしれない。

  1. 企業としての「身軽さ」
  2. 「スケールメリット」と「マーケットイン」
  3. 「捨てる勇気」と「こだわり」

製品の発案から店舗展開まで「6カ月以内にできる」

 Vizioが創業10年のベンチャー企業ということを考えれば、1の「身軽さ」はとくに意外ではないと思われるかもしれない。しかし、それでも従業員が400人強、しかもそのうちの200人あまりはサウスダコタのコールセンターにいるカスタマーサポート要員で、カリフォルニア州アーバインの本社で働く社員は200人に満たないと聞くと、「それだけの人員でよくもサムスンに次ぐシェアをもつ規模の事業を展開しているな」と感心してしまう。

 ちなみに、売上規模は2007年に年間20億ドルを超えたというが、直近の数字はわからなかった。ただし、ローエンド(低価格帯)からテレビ市場に参入して、大手ブランドを相手に回して生き残ってきたという点を考えると、逆にそれだけの小さな所帯でなくてはやっていけない、ということかもしれない。

 身軽さと背中あわせのスピード感もビジオの重要な武器になっているようだ。たとえば、新製品の発案から店頭に並べるという一連の流れは「6カ月以内にできる」と、インタビューに答えたCTOは自慢している。

 かつてスティーブ・ジョブズはアップルについて「世界でもっとも規模の大きなベンチャー企業(Startup)」と自慢していたが、ビジオの場合は規模の違いがあるにしても、それと似たスピード感(あるいは敏捷さ)を感じされる。

米中を行き来する金とモノに棹さす

 2番目のポイントの一つである「スケールメリット」については、具体的な数字はないのだが、それでも見落とせない名前がいくつか出てくる。ひとつは製造の委託先で、ここにはフォクスコンやクアンタ・コンピュータといった大手の名前が見える。テレビでの取引関係(スケールメリット)を活かすことで、パソコンのコストをかなり低く抑え、その分を価格設定に反映させて、リーズナブルな値段で(最上とは言えないまでも)十分な品質をもつ製品が販売できる、といった可能性がうかがえる。

 いっぽう販売面では、コストコやウォルマートといった大手量販チェーンの名前が出てくる。とくにウォルマートは、ビジオ製パソコンの取り扱いにやる気満々。ビジオのために特別に「ストア・イン・ストア」を設ける話も進んでるという(註4)。ビジオではこの取り組みを通じて、今年の年末商戦期までに何百、何千というウォルマートの店舗で自社PCを販売していくという。

 中国という強大な製造拠点と、米国という巨大な消費者市場。この2つの間を行き来するお金とモノの流れのなかに棹さすことで、小さな企業でもスケール感のある事業ができるようになっている。ごくごく当然のことかもしれないが、とても面白い時代になっていると改めて感じさせられた。

 もうひとつの「マーケットイン」については、かなり具体的な説明がある。それは、コモディティ化が進んだ現在の米パソコン市場では、600ドル未満のWindows製品ばかりが幅を効かすようになった結果、600ドル以上1200ドル未満の選択肢がほぼ姿を消しているという状況を踏まえたものだ(1200ドル以上はアップルがほぼ独り占め)。

 この無視された潜在ニーズに応えるプレミアム(高級)Windowsマシンを出せば、PC市場全体が伸び悩むなかでも充分に勝機があるというのがビジオの読み。同社のCTOによると「2000ドルくらいで売られていそうなPCを半値以下で出す」という戦略だという。この読みが正しいかどうかは市場が判断することになるわけだが、「安くても手抜きは一切しない」「テレビでやってきたように、自社の業務効率の高さとサプライチェーンとの関係を活かして、他社が太刀打ちできない値段で売る」と言葉には、かなりの自信がうかがえる。

残すからには妥協を許さない

 3番目の「捨てる勇気」と「こだわり」は表裏一体——つまり「何を捨てて、何を残すか」という選択と、「残すからには妥協するわけにはいかない」ということになる。

 たとえば後者については、ノートPCのキーボードとタッチパッドへの徹底的なこだわりに関するエピソードが紹介されている。それによると、1月のCESに出品した試作品のキーボードの仕上がりに納得がいかず、委託メーカー側で「さあ、あとは量産するだけ」となった段階で仕切り直し、内部の仕組みまでを含む大幅な変更を加えることにしたという。初代iPhoneの開発時に、コーニング製「ゴリラグラス」採用をなかば力づくで実現させたスティーブ・ジョブズの逸話をどことなく思い出させる話である(註5)。

 こうした類の話は「商品提供側がぜひとも伝えたい」ものであり、人によっては「お約束」のエピソードという見方もできる(なので、真に受ける必要もないと思う)。それに対して、これから触れる「三無主義」は、真面目に受け取って損の無い話だ。

 その三無主義というのは、「サンプルソフトウェアのプリインストール無し」「"Intel Inside"のステッカーなし」「"Windows"ロゴなし」(3番目については、実際にはシルクスクリーン印刷のWindowsエンブレムが裏側にそっと付いているらしい)。

 この3つはいずれも、薄利多売のPCメーカーにとって、ある種の支援策となっていることは改めて指摘するまでもない。しかし、いずれもユーザー本位の施策ではなく、600ドル以下のコモディティ商品ならまだしも、プレミアムWindowsマシンではそれもまずかろうと判断し、ビジオではこうした資金面の支援策をすべて「無し」にしたのだ。その分の潜在的損失は、あくまでスケールメリットで穴埋めすることにしたという。

 それにも関わらず、マイクロソフトが積極的にビジオのパソコン開発を手助けしたという事実も興味深い。前述のトラックパッドの反応をチューニングするために、ドライバソフトの書き直しまでして、このハードウェアに最適化したWindowsをつくったというから、マイクロソフト側のビジオに対する期待の高さ、あるいはこのプロジェクトへの力の入れようも相当なものと思わせられる(逆にいえば、既存の大手メーカーに対してそこまで絶望感が大きいのかもしれない。自前で開発したタブレット端末「Surface」のことを思うと、そんな考えさえ浮かんでくる)。

 マイクロソフトを相手に、実績のないビジオがそこまでの妥協と協力を引き出せた。その理由を想像してみれば、いわゆる「リビングルーム」市場での知名度や、ウォルマートなどの強力な後ろ盾といったものが交渉の材料に使われた可能性もあろうし、また「何も足さない、何も引かない」クリーンなビルドのWindowsの良さを伝えられる絶好のチャンス、というマイクロソフト側の期待があったのかもしれない。いずれにしても、そうした本質的な部分で勝負する製品を生み出すためには、やはり相当の潔さとこだわりが必要になるとしても不思議なことではない。

デジタル家電業界のトヨタになれるか

 このビジオの話を読みながら思い出していたのは、四半世紀ほど前の自動車業界のことだった。まだSUVが主流になる前の、セダン全盛の時代の話である。(次ページ「ビジオが作ったパソコンはトヨタ カムリ」)

註4:ウォルマートのストア・イン・ストア

「ストア・イン・ストア」はここ数年、東京都内の家電量販店などでも見かけることが多くなったアップル専用コーナーに似たものか。

なお、ひところはかならず「世界一の小売業者」という形容句がついていたウォルマートだが、飛ぶ鳥落とす勢いだったのも今は昔、いつしかアマゾンを筆頭とするオンライン小売り勢に押されて、ここ数年はいささか停滞気味だ。

そして、その打開策のひとつとして、PCやデジタル家電部門の強化に力を入れているのも面白い。最近、現場たたき上げのカリスマCEOが「不適切な行動」で辞任したり、そのせいもあって創業者が「引退」するなど、ゴタゴタが続くベストバイ(米家電量販店トップ)の低迷につけ込もうという意図か。


註5:iPhoneのグラスをめぐるジョブズの逸話

ジョブズは、iPhoneの試作品を鍵と一緒にポケットに入れていると、どうしてもスクリーン表面が傷ついてしまうことを嫌ったという。

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