NYTimesに掲載された『Flash Boys』の抜粋には“データセンター銀座”となったニュージャージーの話(地図付き)や“ミリ秒”の差を利用してサヤ取りなどをするHFT業者の話も出ている(今回の話を通して「米国に約50カ所ものPTSが存在する」というのを初めて知って驚いている筆者などには、この種の事柄を具体的に歯切れ良く説明することはなかなか難しい。どうしても不明瞭になってしまいがちな点はどうかお許しいただきたい)。
一部の専門家以外には訳の分からない“ブラックボックス的存在”に対する薄気味悪さというのは、例の米NSAによる諜報活動、GoogleやFacebookなどの大手ウェブサービス事業者によるユーザーデータの収集と活用、それに最近改めて注目度が上がっている印象もある「Deep Learning」「AI」などの動きにも共通する…。
そんな感じもしているが、話が見当違いな方に脱線しそうなので深くは触れない。ただ、膨大なデータを高速に処理できるシステムの存在、そしてそんなシステムの主役として“アルゴリズム”の比重が高まっていることは両者に共通する点と感じられる。
「株式市場が『操作されている』」(“Stock market is rigged”)と、Michael Lewisがどのインタビューでも言い切ってしまっている。市場関係者としては面白ろかろうはずがない。CNBCの論戦の中でBATSの社長が猛烈な攻撃を加えているのも、ウォール街と近いCNBCやBloombergのキャスターらの尋ね方がかなり厳しいものになっているのも、そんなところに原因がありそうだ。
Businessweekには「Michael LewisがHFTについて勘違いしていること」(“What Michael Lewis Gets Wrong About High-Frequency Trading”)といった見出しのコラムも出ていたりする。2007年のサブプライムスキャンダル以来、ウォール街に対する不信感や風当たりはことに強いから、『Flash Boys』が世間の耳目を集め、それでHFTにまつわる話が一面的に伝えられてしまうと、この不信感にさらなる拍車がかかってしまうことになる。
評判がさらに下がるだけならまだしも、株式市場に流れ込む資金が減少してはそれこそ飯の食い上げになってしまう…。そう業界関係者が気を揉んでいても不思議はない。
CNBCのやり取りには、BATSの社長が「うちの会社には取材してないだろう」とLewisに詰め寄る場面もあるが、通常の(原則的に中立性が求められるはずの)ジャーナリストというよりも「当代一流のストーリーテラー」といった方がいいLewisとしては、(読者にはわかりにくい)小難しい話を精確に説明することよりも、できるだけ面白い話を書くことに主眼を置いているのかもしれない。
無論、事実と異なること(嘘)を書くのは許されないが、許されるぎりぎりのところを狙ってきても不思議はない。NYTimesにある『Flash Boys』の抜粋からはそんな印象も受ける。
『Flash Boys』はウォール街版『Moneyball』
Lewis本人がBloombergのインタビューで喋っているように『Flash Boys』には“ウォール街版『Moneyball』”といったところが強く感じられる。『Flash Boys』で『Moneyball』のOakland Athletics(A's)にあたるのがIEXという新興のPTS(2013年10月にスタートしたそうだ)で、冒頭のビデオにも登場する創業者兼最高経営責任者(CEO)のBrad Katsuyamaは、A'sのゼネラルマネージャー(GM)であるBilly Beane、そしてKatsuyamaらが立ち向かうウォール街(大手投資銀行やPTS、HFT業者など)がNew York Yankeesをはじめとする金満球団、という風にとらえるとわかりやすい。
Brad Katsuyamaが、RBC(Royal Bank of Canada)というウォール街では“誰も本気で相手にしない”銀行の出身者で、そんな本流に属する人間とは異なる視点の持ち主であったが故に“不公正な市場”という解決すべき問題に気付き、“投資家の利益を優先するPTS”を自分たちでイチからつくるという“暴挙”に乗り出すことができた、といったあたりも『Moneyball』と一緒。
また、昔ながらのトレーダー出身でITには明るくないKatsuyamaが、Rob Parkという韓国系のIT専門家やRonan Ryanというアイルランド系の通信ネットワークの専門家(Worldcomに買収された長距離通信会社MCIで法人向けの回線セールスをしていたらしい)などをスカウトして、IEXの母体となるチームをつくっていくあたりにも、A'sでのBilly Beaneの姿に重なるものがある。
さらに、これは単なる偶然だろうが、アングロサクソンやユダヤ系の“主流”に立ち向かう少数派(日系、韓国系、アイルランド系など)という構図も、話をより一層面白くしているように感じられる(米国人は人種のことにナーバスなので決してそうは言わないだろうが)。