クラウドの値打ち

クラウド利用に向けた組織・役割の最適化--既存システムとデジタル化を両立せよ - (page 5)

戸賀慶 関良太

2016-05-25 07:00

 本稿で何度か論じている通り、クラウド化そのものは目的ではなく、創造的破壊に直結するデジタルビジネスの導出に向けた手段の一つである。よって、クラウド時代の開発や運用に係るプロセスの中核であるサービスカタログには、ミドルウェアやインフラといった技術要素だけが主体となったサービスメニューでは不十分であると考えられる。

 例えば、既存ITシステムの技術的な構成要素(ミドルウェアの種類、ハードウェアのスペックや台数など)の共通項を抽出しカタログ化したとしても、それが新たに策定されたデジタルビジネス上の業務プロセスとの関連性はあるだろうか。結果、新たな業務プロセスに合わせてほぼゼロからシステム開発のプロセスが開始されるのではないだろうか。

 前述した企業の事例では、デジタルビジネスを遂行するための業務プロセスを起点とし、必要となるITシステム上のアプリケーション実装機能(マイクロサービスの考え方もこの一種である)や、インフラが具備すべき非機能要件(性能、可用性、拡張性など)を特定の単位で分類、グループ化し、グローバルで統一したサービスカタログを整備した。

 この事例では、施策前後で新たなデジタルビジネスがローンチされるまでのリードタイムを平均45%短縮でき、競合他社を出し抜く市場優位性を維持しつつ、益々デジタル関連ビジネスの売り上げを拡大し続けている。

「既存システムとの連携に向けたアーキテクチャの構築」

 これまでにデジタルビジネスにより創造的破壊を成し遂げた企業は、IT専業の米国発のベンチャー企業が圧倒的な割合を占めている。一方、IT専業ではない民間企業や政府、自治体には、当然ながら長期間に渡って運営され続けている既存システム上の膨大なIT資産や事業優位性につながるデータを所有していることもまた一つの事実としてある。

 そのような企業が、IT専業企業と同じ市場において新しいデジタルビジネスを作り上げて成果を上げるには、デジタルビジネス用の新しいITシステムの開発に加えて、足元にある貴重な既存資源(自社の事業優勢を保つための膨大なデータ)を活用することが極めて重要である。IT専業のベンチャー企業の俊敏性に対して、大規模な組織ならではのアプローチでデジタルビジネスの勝者になるには、デジタルビジネス用の新しいITシステムと既存システムとの有機的な連携による価値創造が不可欠である。


 前述した企業の事例では、既存システムとの連携に向けたアーキテクチャの構築に際して、個別のビジネス要件・アプリ要件の取りまとめに着手する前に、インフラ領域へのテコ入れを実施し、約9カ月をかけて「クラウド・レディ」な環境を整備して効果を創出した。

 デジタルビジネスは膨大な数のユーザを対象にしており、ビジネスニーズの予測が困難であり、かつ、突然爆発的に需要が伸びる可能性を秘めているという特性を有している。上記段取りを踏んだ主な理由は、デジタルビジネスの特性を踏まえると早い段階でビジネス要件やアプリ要件などの抽出は困難であり、かつ、時間経過とともに要件自体が変わってしまうケースが多々あるためである。

 すなわち、ビジネス拡大後の手戻りを抑止するために、実行難易度と実施効果のバランスが良いインフラ領域を中心に検討を開始した。特に、契約すれば即利用できてしまうクラウドの利点を損なわずに、既存インフラとの融合を実現するためのサービス管理、構成管理、セキュリティ管理などのアークテクチャ策定を実施したことが後々効いてきた、との評価がなされている。


クラウド活用はIT部門にとってピンチではなくチャンス

 本稿では、デジタル化に向けたクラウド利用に関して「ビジネスを最大化するためのアイデア」と両輪で検討すべき 「アイデアの具現化に向けたピース」として、「組織・役割」「プロセス・ガイドライン」「アーキテクチャ」を論点に検討・推進すべきであると提言した。

 改めてこのような取組みを実際に行った企業の事例を振り返ると、当初はステークホルダー間での関心事の差異から、「クラウド化によって自分達の食いぶちが無くなるのではないか?!」といった利害相反に繋がる施策だと受け取られるケースもあり、抵抗勢力(チェンジモンスター)により頓挫しかけたことがあった。

 その後、チェンジマネジメントプログラムの強化によりプロジェクトを完遂することができ、再度社員へヒアリングをしたところ、「クラウド化の取り組みを通して、スキル・ケイパビリティの側面から自己のキャリア形成を見直す良い機会となった」などの好意的なフィードバックが多数寄せられた。

 デジタルビジネスという新しい潮流には、ビジネスの拡大という側面だけではなく、IT部門によってクラウド化をトリガーとした全社的なITガバナンス強化に加えて、社内におけるIT部門のプレゼンス向上も期待できるのではないだろうか。

戸賀 慶(とが けい)
アクセンチュア オペレーションズ本部 インフラストラクチャーサービスグループ シニア・マネジャー
サーバ、ネットワーク、ストレージなどのデータセンターテクノロジおよびクラウドを専門とし、現職では企業におけるインフラ全般の最適化に向けたコンサルティング、トランスフォーメーションを担当。 アクセンチュア ジャパンにおけるクラウドイニシアティブのリードとして、クライアント企業にクラウドの真の価値を届けるために日々、奔走。
関 良太(せき りょうた)
アクセンチュア オペレーションズ本部 インフラストラクチャサービス マネジャー クラウドコンピューティングを中心としたITインフラ全般に関する戦略立案、仕様策定、要件定義、システム開発を専門とし10年以上のキャリアを有する。現在は、クラウドをトリガーにしたIT組織変革に向けてインフラ最適化関連のコンサルティング及びチェンジマネジメントを担当。

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